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第6話 我慢と攻防

 アルファの匂いが充満する部屋で眠れるわけもなく、熱の冷まし方はわからず。ただ彼が絶対に朝までやって来ないことだけは確かで、その寂しさを埋めるために匂いの強い布団を被りやり過ごす。  ベータだった頃から性欲自体薄かった。行為自体にも興味がなかったし、下品な会話をしていた学生時代の同級生達とは一切交流もしていなかったから何の知識もない。  だから、どうしていいのかもわからない。  いっそ、今すぐにでもドナに頸を噛んでほしい。そう願っても、彼は逃れようのない発情期に託けて便乗するなんてこと絶対にしないだろうし、シルヴィオが今欲しくて堪らなくなっているのも発情で意識が混濁しているからだと思うに決まってる。  番いになりたくないなんて、一言も言ってない。むしろ番いになるために此処まで来たのだ。でも、番いになるより先に襲ってきたことを叱ったのを勘違いされてしまった。ただ番いになってから触れてほしかっただけだ。余程のことがない限り一方的には番いは解除できない。だから、証明してから触れてほしかっただけなのに。  ハーブティーで落ち着くようにと飲み干しても止まらない。ついに一睡もできないまま、朝の日差しが差し込む窓を眺めていた。  ――ゆっくりと扉が開いた。シルヴィオが眠っていると思ったのか、こっそりと覗き込んでくるそれに視線を向ける。恨めしそうに睨み付けると、ドナは着替えなければいけないからとさも申し訳なさそうに入ってきた。 「ドナの馬鹿犬、駄犬」 「怒らないでよ。まだ番いにもなってないし、シルだっていきなりなんて嫌だろ?」 「馬鹿、阿呆、甲斐性なし」 「じゃあシルは、我慢できない獣人に朝までずっと喰われてた方がよかったの? 言っておくけど、俺1回でもいいよって言われたら離せる自信ないから。こんな牙してる奴に力加減もなしにガブガブ噛まれたい?」  自ら鋭い牙を見せ、牽制をかける。  そんなことしても、発情期に入っているシルヴィオには効かないのに。着替えるために背を向けたそれに、らしくないと自覚しながらも甘い声で呼びかける。  町の警備やら何やらで忙しいドナの仕事の邪魔はしたくない。けれど、そんな自制する理性も全て焼き切られてしまっていく。 「ドナ……」 「だから、俺はシルのこと傷つけたくないんだって」 「ずっと、このまま1週間暮らせっていうのか」 「……そういうわけじゃないけどさ」 「じゃあ早く、番いにしてくれよ。お前のことが欲しくて堪らないんだ」  ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえた気がする。着替えようと上衣を脱いでいたドナは、観念したかのようにベッドに吸い寄せられた。  自分とはまるで違う大きな掌が伸びてくる。ざらついた硬い肉球が頬を撫で、茶色い瞳が見下ろす。  喉元をべろりと大きな舌が舐め、軽く噛みつかれた。 「っ」 「ほら、痛いだろ。だからだーめ、俺泣かれたくないもん」 「……甲斐性なし」 「俺だってシルのこと今すぐめちゃくちゃにしたいよ。でも、俺これから仕事があるもん。大好きな相手が目の前で発情期なの見て我慢するのに大変なんだから、あんまり煽らせないで。大事にしたいって何回も言わせないでほしいな」  逃げる時はいつもそうだ。大事にしたい、大切だから。  そんなの、今はいらないのに。

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