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第9話 好きだから触らない

 リビングでシルヴィオは暖炉に薪をくべていた。蝋燭で新聞紙に火をつけ、薪の下に。普段通りのやり方でも、やはりいつもとは身体の勝手が違うのかモタモタと手こずっている。 「シル、俺がやろうか?」 「必要ない。俺に触るつもりがないなら必要以上に近付かないでくれ」 「……ごめん」  触りたいけれど、一時の感情に身を任せたくない。ドナは大人しくシルヴィオに任せ、触れられることもなく残されていた昼食の皿を手に取った。  ドナも不器用ながら一通りの料理はできる。シルヴィオ並みにはいかないが、家で食べられる程度のものなら喫湯店で働いていた頃に店主に教えてもらっていた。  夕飯にするにも冷え切っているがどうしようかと思いながら見ていると、手についてしまった煤を払いながらシルヴィオがキッチンへと向かう。もう暗いからランタンの灯りでも不十分なのか、薄目で食材の余りを確認していた。 「1日でも市場に行かないと、食料なんてすぐになくなるな」 「こんなに自炊の生活が大変なんて知らなかったよ」 「俺もだ。ドナ、昼は何を作ってくれていたんだ?」 「大したものじゃないよ。食べやすいかなと思ってパンの上に干し牛肉とバターを載せただけ」  これならナイフとフォークも不要だろうから、食べるのが億劫でも何とかなると踏んで作って置いておいたのだ。まさか、1階に降りることすらできなくなっていたなんて。  シルヴィオは見せられたそれを受け取りまたも薄目で皿の上のものを見る。パンがますます硬くなってしまっているが、捨てるしかないだろうかドナが思案しているとシルヴィオは手元にランタンを移動させた。 「勿体ないから使おう。干し牛肉なら塩気もあるから丁度いいし、何より具材がなんだろうが入れてしまえば具入りのスープには変わりない」 「その発言、飲食店のオーナーとしてはちょっとどうなの?」 「無駄にして捨ててしまうよりはマシだろうが。ドナ、それ以上近付かないでくれ。アルファの匂いにやられたくない」  獣人の自分より鼻は効かなくとも、近くに寄れば流石にあてられてしまう。シルヴィオの言葉に素直に従い、暖炉の火を見ていようと離れた椅子に座った。  触りたいけれど、触らない。今までベータとして生きてきた彼が、オメガとして生きたいから来たのではないとわかっているから。発情期なんてものに惑わされた彼を悲しませるなんてしたくない。今自分を誘っているのも、意気地なしと詰るのも、オメガの影響で言うことを聞かなくなった身体を宥めたいだけだろうから。  きっと考え過ぎだのなんだのと言われるのもわかっているし、シルヴィオ自身からも呆れられてしまうのは目に見えている。この家に来た時から覚悟はできてるなんて言われるだろうが、ほんの少しでも嫌がられるのは避けたいから。  人間からしてみれば薄ぼんやりとした灯りでも、ドナの目には十分すぎるほどの光源になる。ランタンの灯りに照らされ見えるシルヴィオの顔は、初めて見た時から変わらずに自分の好みど真ん中だ。  シルヴィオにはまだ何も言っていないが、運命だと確信したのは匂いや雰囲気だけじゃない。何よりも外見が好みだから。今まで見たどんな獣人や人間よりも魅力的で、シルヴィオ以上に綺麗な人なんていないと思った。彼の隣に誰がいても月とすっぽん。彼を視界に入れてしまうと他の誰も見えなくなってしまう程に魅了されてしまった。  ふ、とシルヴィオの視線が動く。椅子に座りずっと眺めていたドナを青い瞳が捉える。 「あんまり見ないでくれ、気が散るから」  身体が火照っているからかいつもより少し柔らかくぎこちない表情。突っぱねるような言葉にも、頰が緩んでしまう。  アルファなら誰でも良かったこれまでのオメガ達とは違い、猫のように気紛れに突き放してくる。そんなところも、堪らなく好き。  結局のところ、相手がシルヴィオである限り全てが好きで仕方ない。

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