10 / 14

第10話 吐露

 手早くスープを完成させ、羊肉を焼き主食まで作りあげるその手際の良さは流石と言うべきか。力こそ出なくなってはいるものの、力を使わず慣れで行う料理は別。  いつものようにシルヴィオの向かいに座り、適当によこしてくるカトラリーも受け取った。  さて食べよう、と意識を料理に向けすんと匂いを嗅ぐ。犬獣人でも食べられるスパイスとハーブの香りが食欲を誘い、少しは目の前のオメガのフェロモンへの意識が紛れていく。何もしたくないから、シルヴィオ以外に意識を向けたかった。 「食べながらでいいから、少し聞いてくれないか」 「何かあった?」 「前に言っただろ、お前に話さないといけないことがあるって」 「……うん」  肉を切り分けている中でシルヴィオが重い口を開く。何も今話さなくとも、なんて思ってしまうがきっと彼は今だから話をしたいと思ったのだろう。  口振りからも明るい話でないことはわかる。こういった状況の時は聞くだけに徹するだけでなく、片手間に聞いているように見せかけるのがプレッシャーをかけずに済むのだと自警団として様々な問題を見てきて知っている。ドナは言われた通りに食事をとりながらシルヴィオの話を聞くことにした。 「俺は、お前が思っているような奴じゃない。清廉潔白でもなければ、特別扱いされるような奴でもない」 「運命の番を特別扱いするのは当然のことじゃない?」 「そうだけど、そうじゃない。……俺、お前じゃない他の奴に抱かれたことがある」  ほんの少しだけ、考えたことのあることだ。あのシルヴィオの『友人』だった彼。彼の執着具合や、シルヴィオ本人の彼の拒絶具合から、まさかとは思っていた。  それでも、実際に本人の口から伝えられることがこんなにもショックだなんて。ドナはその言葉に口を噤んでしまう。  その沈黙を、シルヴィオは自分の都合のいいように受け取った。 「どう思われようが構わない。されたことは事実だから。ただ、俺は過去にそういうことをしてるから、そんな綺麗な人間じゃないって理解してほしかった」 「それを俺が知ったら、嫌がると思った?」 「少なくとも、俺がお前の立場だったら嫌だった」 「そう」  発情期の今伝えるのは、きっと離れるのなら今だと伝えたいのだろう。オメガらしくない自分より、他のオメガにドナが惹かれるようになるだとか、そんなことを思っているに違いない。  向かいに座っているから手は届かない。それでも誠意は伝わりやすいよう、じっと見つめた。 「別に、誰に抱かれただとかで綺麗かどうかなんて変わるものじゃないし、今俺とこうして一緒にいること選んでくれてるんだから気にしないよ」 「……嫌じゃないのか」 「確かにちょっとは嫌だけど、誰かと付き合ってたとは言わないってことは合意のもとじゃないんだろ? そんなの数のうちに入れなければいい話だし、そいつに傷つけられた分だけ俺がいっぱいシルのこと愛してあげたいし」 「……番いにはならない癖にか」 「お店もまだ安定してないし、まだ嫌って言ったのはシルのほうだろ」 「……」  何か言いたげにじとりと見てくるが、それには気付かないふりをしてシルヴィオが作った料理を食べる。  あの男はシルヴィオにそんな裏切り行為をしておいて、友人面でやって来たのか。憎らしくて堪らないが、彼はもう既に自分達がどうこうできるところにはいない。彼はこの街が属する国の法律の下裁かれ、何処にあるかも知らない檻の中だ。  あの男が親しげに呼んでいたのに嫉妬して、自分もシルと呼ぶようになった。だが、この呼び方はもしかするとあの男を思い出させてしまうかもしれない。 「ねえ、シル。やっぱ前みたいに呼んだ方がいいかな」 「……余計な気を回し過ぎだ」 「だって、シルが嫌なことはなるべくしたくないから」  なら、と出かかった言葉を止めたシルヴィオは、半ば諦めたように視線を逸らした。  嫌なことはしたくないけれど、理性が飛んで番いになりたがっている今したいことを受け入れるわけにはいかない。ドナがそう返すのをわかっているからだ。

ともだちにシェアしよう!