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第5話 狐の災難5
夏目さんの歌は、更に盛り上がり、終わる気配がない。
桃矢は項垂れる俺へ優しく問い掛けた。
「そういえば、発情期は大丈夫?」
「今はそんなに……ないっぽい」
「真那斗は我慢しすぎるところがあるから、手遅れになる前に言えよ」
「ん、分かった」
発情期は発作的にやってくる。初めて来たのは高二の時だった。
どうしていいか分からず、泣きながら桃矢に相談した。そうしたら、桃矢が優しくレクチャーしてくれたのだ。定期的に精子を出さなきゃダメなことを、初めて知った。それ以来、発情期が来ると、言わなくても桃矢が気を回してくれた。二人の秘密ごとは今でも続いている。
「桃矢のお陰で明日からまた頑張れそう。充電完了」
「なあ、今週空いてる日ない?久しぶりに飯食い行こうよ」
「ごめん。出張が入ってる」
『出張』の単語に桃矢が反応した。言葉が急に固くなる。
「出張って誰とどこに行くのさ」
「えっと……本社のある東京に木ノ下さんと、火曜から木曜まで」
前々から、新機種導入のための研修で、東京へ出張することが決まっていた。たまたま木ノ下さんと同じになっただけで、決して申し合わせた訳ではない。偶然の産物だ。
「また木ノ下さんかよ、もう。帰ってきたら連絡ちょうだい」
「お土産買ってくるよ」
「甘いものがいい」
「はいはい」
話題に木ノ下さんが出てくると、桃矢は不機嫌になる。
内心、俺は木ノ下さんと出張できることが嬉しくて仕方がない。桃矢に悟られないよう真面目な顔で頷いた。
パーティーは盛況に終わる。夏目さんもいい200歳を迎えられたと思う。
俺は桃矢と夜中の公園へ向かった。これから“趣味の穴掘り”をするため、手にはスコップを携えている。
狐にとって穴掘りは子供の遊びだ。人間として暮らすようになってから、大人がやる機会は減った。俺に限っては、無性に掘りたくなる衝動を抑えきれず、時々隠れて掘っている。
職務質問防止のために桃矢が付き添っていた。
「空見てよ、星が綺麗だ」
「あー、うん……」
返事も途中に、ざくざくと穴を掘ると、冷たい土の感触が指先へ伝わった。懐かしい土の香りが辺りに広がる。あまりの愛しさに土を抱きしめたくなるが、桃矢の手前上、グッと衝動を抑える。
湿った土を一心不乱に掘る行為は、余計なことを考えないで済む。この時ばかりは、狐の本能を有難く感じた。
直径60センチぐらいの小さな穴へ、ビニール袋に包んだものを埋める。土を被せて、手でぎゅっと上から押した。
「今日は何を埋めたの」
「夏目さんの梅干し。熟成するために、半年ぐらい埋めておく」
「夏目さん、嬉しそうだった」
「長生きして欲しいね」
「そだね」
4月はまだ夜風が冷たい。
春風に乗った桜の花びらが、ドット柄みたいに土へ舞うのを、しばらく眺めていた。
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