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第8話 狐の災難8
新幹線を降りて在来線を乗り継ぎ、見知らぬ駅へ着いた。恐らく宿泊先がある駅なのだろうが、木ノ下さんについていくだけで精一杯だった。最寄りをいちいち気にしていられない。
チェックインを目の前に、新幹線で消耗していた俺へ追い打ちをかける出来事が起こる。
シングル二部屋の予約だった筈が、ツイン一部屋に変わっていたのだ。
出張の宿泊先は、柳内女史が全て予約をしてくれる。何事にも抜かりがない柳内さんがミスをしたとは思えなかった。
他に空き部屋も無いため、移動することも出来ない。そのせいか木ノ下さんは終始不機嫌だった。
寝る時ぐらいは一人で寝たいだろう。疲れてるから、プライベートな時間も必要だろう。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「なんかすみません。俺と一緒で……」
「狛崎が謝ることないだろう。明日には部屋が空くそうだから、今夜は我慢だ」
俺にとっては嬉しくても、木ノ下さんにとっては『我慢』になるのだ。
簡単にチェックインを済ませる。荷物を部屋へ置き、ホテル近くの居酒屋へ入った。チェーンの居酒屋は都会も田舎も変わらない。安っぽい歌謡曲が絶え間なく鳴り続けていた。
「狛崎。先輩として確認したいことがあるのだが……」
「あ、はい。何でしょうか」
いつもは飲まないのに、今日は飲みたい気分だった。ほんの少しだけ、ビールを飲んでみる。
シュワシュワとした苦い泡が、口の中で弾けた。美味いとは言い難い飲み物である。こんなものを人間の大人は好むのか。サイダーのほうが何十倍も美味しい。
「何か悩んでいることはないか?」
「へぇ……っ」
「さっき新幹線でパニックになっただろう。仕事か?それとも私生活か?悩みがあるなら話してごらん」
確かにパニックにはなった。それは狐がバレるのを恐れた訳で、悩みがある訳ではない。しいて言えば、狐であること自体が悩みである。
「俺の友達も長い間パニック発作を患っていた。然るべき病院へ行くのが一番だが、話を聞いて不安を取り除く手助けしか、今の俺にはしてあげられない」
物凄く真面目な顔で、木ノ下さんが俺を見据えた。
「悩みなんて、何にもないです」
「嘘だろう。あるから、パニックになったんじゃないか」
「それは、無いといえば嘘になりますけど、大きな悩みはありません」
「話すことで楽になる場合もある。いつでも聞くから、話す気になったら言ってくれ。それに、出張が終わったら必ず病院へ行くように」
「病院ですか?」
「そうだ。友達からいい病院を聞いておくよ。自覚症状がないのも気になる」
「はぁ……」
なぜ病院に行かねばならないのか、不思議に思いながら、苦い液体を飲み干した。
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