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第9話狐の災難9

それから、いつものように木ノ下さんと会話をしたと思う。翌日の研修のこととか、顧客の話とか、差し当たり無い内容で普通に世間話をした。 以前、沢山飲んで幼なじみの桃矢に迷惑を掛けた前科があり、それ以来酒は1杯までと決めていた。今回も自分で決めた量は守れたと思う。完璧にコントロールできた自負はある。 部屋に帰って、順番にシャワーを浴びた。同時に就寝の支度もする。スマートな木ノ下さんの所作をぼんやりと眺めていた。 木ノ下さんは、背が高く、身体付きも男らしい。対する狐は基本小柄で、あまり大きくなれない。狐の中では普通でも、人間から見たら小さい俺は、木ノ下さんの肉付きの良い腕を羨ましく思った。 「木ノ下さん、彼女は居るんですか?」 突然の質問に驚いた表情で、木ノ下さんは俺を見た。 「いきなりなんだ。あんな量で酔ってるのか」 「酔ってませんよー」 「…………彼女は居ないよ」 「ひえっ、本当に?」 木ノ下さんを振った女は見る目がないらしい。もったいない、と正直に思った。こんなにいい男を放っておく周りの気が知れない。 憧れの存在はどんな時も落ち度がない。 「なんでですか。カッコよくて、非の打ちどころが無いのに」 「ははは、そんなこと言ってくれるのは、狛崎だけだよ」 「俺だけじゃないですってばっ」 「とにかくお前は早く寝ろ。慣れない遠出は疲れただろう。明日からは研修三昧だ」 そう言って、木ノ下さんはシャツを羽織り、パソコンへ向かい始めた。 「木ノ下さん、髪の毛乾かさないと風邪引きますよ」 「ああ、分かった。寝ろ」 「…………おやすみなさい」 新幹線も、出張も、木ノ下さんとのホテル暮しも、都会も、どれもこれも初めてだ。桃矢にいい土産話が出来たと、俺はベッドへ寝転んだ。 狐もバレていない。一時はどうなることかと慌てたが、万事上手くいっている。 大丈夫。俺は幸せだ。 ふわふわした気持ちで、夢見心地になりながら眠りについた。

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