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第10話先輩の考察

俺は今の今まで、現実的に生きてきた。目の前にあるものだけを信じてきたし、幽霊や妖怪の類は人間の恐怖や信仰が生み出した妄想だと思っている。見たいと思ったことも無い。 それが今、非常におかしな現象が目の前で起きている。 最近の多忙のせいで、頭が沸いているのか、それとも、夢の中にいるのか、キツネ人間が目の前にいるという事態が飲み込めないでいた。どうしていいか分からず思考が停止し、数分が経つ。 キツネ人間は、狛崎という後輩が寝ていたベッドで豪快に布団を蹴った。デカい尻尾が寝巻きからはみ出している。綺麗なキツネ色の毛が、キラキラと部屋の明かりに反射した。 やはり、疲れているようだ…… 研修のため、無理やり仕事を終わらせてきたにもかかわらず、まだ手元に残務が残っている。締切が近い新商品の提案書と、狛崎の教育報告。どちらとも書きかけであった。狛崎に至っては書くことが無さすぎる。頑張っているしか思い浮かばず、素直すぎる性格をどう営業と絡めて伸ばしていくか、考えあぐねていたところだ。 研修から帰ったら、展示会も待っている。平たく言えば、研修などしている暇はない。そんな精神的余裕の無さから幻覚が見えたのだと、本気で思った。 ふと営業部長の顔が浮かび、嫌な気持ちになる。時代に逆行している鬼崎部長は、天然で抜けている新入社員の狛崎を快く思っていない。会社が入れてしまったからには、最後まで面倒を見なくてはならない。本人もやる気はあるので育ててやりたいし、案外可愛いところもあったりするのだが、いかんせん数字には何も結びつかない。 新幹線でパニックになった時は驚いた。彼は には放っておけない何かがある。手に掛けてやりたい後輩であることを認めざるを得なかった。それに、病院へちゃんと行くかも気掛かりである。 「うーん……むにゃむにゃ」 「…………!!」 目の前のキツネ人間が寝返りを打ち、指を吸い出した。ちゅくちゅくと人差し指の先を吸っている。音が赤ん坊のそれと似ていた。 胎内にいるような丸い姿勢と穏やかな表情が、益々赤子を彷彿とさせる。 (何なんだろう……何故か、見ていてほっこりする……) 癒されたかった、と思う。無意識のうちに手を伸ばしていた。夢の中なら気兼ねすることない。 (ふわふわ……ふわふわだ……) 毛は硬いが、空気を含んだような毛質は、ふわふわである。狛崎の髪も明るい色だが、あれはお祖父さんが外国人だとかで、公に知られている。それよりも二段階ぐらい明るい金色だ。 次は頭に触れてみた。ピン、と立った耳が、少し震えた気がした。 (耳も柔らかい。一体何で出来てるんだろう。簡単に折れ曲がる) むにむに耳を揉む。よく見たら、キツネ人間は狛崎に似ている。疲労から派生した幻影が見えているのか、俺の願望が具現化したのか。 やらなければいけない仕事があるのに、瞼が持ち上がらない。 いつの間にか意識が遠のいていく。 気付いたら朝だった。 隣にはすやすやと眠る人間の狛崎がいた。 やはり、疲労による幻覚だったようだ。

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