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第12話狐にしか分からない2

「おい、狛崎はいるか?」  いつもの日課、静かに木ノ下さんを観察していると、俺の所属する営業第三部に野太いダミ声が響いた。声の主はすぐ分かった。野犬のボスみたいな風貌は、かの有名な営業二部の野々田さんである。しかも俺の名前を連呼しているということは、俺が何かしでかしたことを意味していた。声の音色で怒りが伝わってくる。心当たりが無い訳でも、ある訳でもない。身体中の毛が異常事態に逆立った。 「ひゃっ」 小さく悲鳴が漏れる。 「おい、狛崎がどうしたんだ」  木ノ下さんが立ち上がり、野々田さんへ問う。縮こまった俺の肩を、木ノ下さんがポンっと優しく叩いた。 「おー、木ノ下。久しぶりだな。お前が狛崎のチューターか。一体どういう教育をしているんだ。こいつは物品の発注もできていない。トナーの発注を間違えていると、先方様からお怒りの電話をいただいた。しかも俺の大事な客だ。信用問題だぞ。どうしてくれるんだ」 野々田さんは大きな契約先をいくつも担当している。社内では優秀営業マンとして名が通っていた。 だから、俺は彼が苦手だった。野々田さんの良さが分からない。威張っているし、高圧的なところがどうしても無理だった。 野々田さんは注文表を俺の机へ叩きつけた。確かに俺が受けた電話だ。同じミスを過去にもしたことがあったので、何度も口頭で確認したのに、間違えてしまったようだった。 後悔と申し訳ないやらで、情けなくなってきた。 「す、すみません……」 「ごめんで済んだら、警察はいらないんだよ。もう新人ですらないだろうに。木ノ下にべったりじゃあ、先が思いやられる。そろそろ独り立ちしたらどうだ」 「野々田。狛崎はもう独り立ちしている。俺がサポートしているのは、ほんの少しだけだ。それに、事情も聞かず頭ごなしに怒鳴るとは、俺も解せない」  木ノ下さんが、ノートパソコンを力強く閉じる。遠巻きに覗いていた女子社員が驚いて『ひゃっ』っと声を上げたのが聞こえた。  背の高い木ノ下さんと、熊みたいな野々田さんが睨み合うと、オフィスに大きな壁ができたようである。   「いつまで経っても金魚のフンを連れていたら、木ノ下も煩わしいだろう。この件は営業部長に報告する。狛崎は、もっと気合入れて仕事しろ。お遊びじゃないんだ。次やったら何らかの責任をとってもらう。同じミスは2回までだ。もう営業職はできないと判断されても仕方がない」 「狛崎が営業に向いているかどうかは、お前が決めることではない。今回のミスは、二度と起きないように対策する。とりあえず帰ってくれ」  木ノ下さんは何かに怒っているように思えた。それは、野々田さんに対してなのか、俺に対してなのか、分からなかった。野々田さんの言動は、俺のミスから俺の存在意義までに飛び火する。 「いや、この間、お前んとこの……」 「………………分かった。場所を移そう。狛崎は作業に戻れ」 「………………はい」  ため息を吐いた木ノ下さん達は、大きな熊を休憩所へと促した。  

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