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第14話狐にしか分からない4
展示会は、盛況に終わりを迎えていた。
俺は大きな失態をせず、営業三部に迷惑を掛けないよう、お客様に接することができた……と思う。
他人にどう言われようとも、自分のできる範囲でベストを尽くすことの大切さを、木ノ下さんから教えて貰った。
あと2時間ほどブースに立てば、展示会は終わる。新商品の予約もそこそこ入ったから、鬼みたいな鬼崎部長も、気持ち悪いくらいにこやかである。
ところが、交代で昼食を摂りブースへ戻ってきた時に事件が起きた。明らかにその場が騒然としている。中心には鬼崎部長と木ノ下さんが何やら話し込んでおり、不穏な空気が流れていた。
「どうしたの?何かあった?」
また俺が何かミスをしでかしたのかと、心がザワつく。遠巻きに丸山さんへ声を掛けたら、物凄く驚いた顔をされた。
「木ノ下さん、狛崎君が戻ってきました!!」
丸山さんの声で、まるでモーゼみたいに人が引き、俺は中心に進むしかなくなる。
(また俺が何かをしたみたい……もう死にたい……地獄の花道みたいだ)
ゆるゆると肩を落としながら歩を進めると、見たことのない表情の2人が俺を見た。
「狛崎……今さっき、A金属の総務部長が直接見えて、すべての営業所に新機種を導入したいと言われた。前向きに検討したいと意欲的でな」
「それは良かったじゃないですか。それが俺とどう関係……しますか?」
「それに加えて、営業担当を変更して欲しいとの要望もあった。担当を『狛崎』にしてくれないかと」
「えっ、お、俺ですか……?」
A金属とは、先日トナーの発注を間違えて、野々田さんに叱られたところではないか。野々田さんの顔が浮かび、恐怖のあまり身体が跳ねた。野々田さんは、俺のミスによりお怒りだと言っていたのに、担当営業に指名だなんて、何が何だかよく分からない。
「名前を間違えてるんじゃ……」
「何度も確認したんだ。だが、トナー注文を間違えて、電話対応した営業の若い子だって言っている」
「…………」
そんな奴はこの会社で俺しかいない。
「お前、トナーの発注ミスがあってから、先方と何かやりとりしたか?」
「…………あ…………再び注文の電話を受けたので、ミスをしてしまったことを謝りました。電話口で話しただけです」
「それが相手の心に刺さったのか……」
「いや、狛崎に限ってそんなことないだろう。あの狛崎だぞ……狛崎だしな……」
鬼崎部長も、本人を前に言いたい放題である。
「とにかく、先方の要望を飲むしか方法がない。狛崎、初の大口案件を頼んだぞ。当面は木ノ下に支援へ入ってもらう。野々田から引き継いでおいてくれ」
「部長、野々田には何と説明すれば……」
「それが1番難しい問題だ。俺から野々田には説明しよう。恐らく荒れるだろうから、みんなでフォローをしよう」
「……心がありえないくらい重いですが、何とかしてみます……」
「なんか、俺のせいで色々とすみません」
よく分からないうちに、騒ぎの中心になってしまった俺は、苦虫を噛み潰したような表情の木ノ下さんに、不安を隠せなかった。
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