14 / 21

第14話狐にしか分からない4

展示会は、盛況に終わりを迎えていた。 俺は大きな失態をせず、営業三部に迷惑を掛けないよう、お客様に接することができた……と思う。 他人にどう言われようとも、自分のできる範囲でベストを尽くすことの大切さを、木ノ下さんから教えて貰った。 あと2時間ほどブースに立てば、展示会は終わる。新商品の予約もそこそこ入ったから、鬼みたいな鬼崎部長も、気持ち悪いくらいにこやかである。 ところが、交代で昼食を摂りブースへ戻ってきた時に事件が起きた。明らかにその場が騒然としている。中心には鬼崎部長と木ノ下さんが何やら話し込んでおり、不穏な空気が流れていた。 「どうしたの?何かあった?」 また俺が何かミスをしでかしたのかと、心がザワつく。遠巻きに丸山さんへ声を掛けたら、物凄く驚いた顔をされた。 「木ノ下さん、狛崎君が戻ってきました!!」 丸山さんの声で、まるでモーゼみたいに人が引き、俺は中心に進むしかなくなる。 (また俺が何かをしたみたい……もう死にたい……地獄の花道みたいだ) ゆるゆると肩を落としながら歩を進めると、見たことのない表情の2人が俺を見た。 「狛崎……今さっき、A金属の総務部長が直接見えて、すべての営業所に新機種を導入したいと言われた。前向きに検討したいと意欲的でな」 「それは良かったじゃないですか。それが俺とどう関係……しますか?」 「それに加えて、営業担当を変更して欲しいとの要望もあった。担当を『狛崎』にしてくれないかと」 「えっ、お、俺ですか……?」 A金属とは、先日トナーの発注を間違えて、野々田さんに叱られたところではないか。野々田さんの顔が浮かび、恐怖のあまり身体が跳ねた。野々田さんは、俺のミスによりお怒りだと言っていたのに、担当営業に指名だなんて、何が何だかよく分からない。 「名前を間違えてるんじゃ……」 「何度も確認したんだ。だが、トナー注文を間違えて、電話対応した営業の若い子だって言っている」 「…………」 そんな奴はこの会社で俺しかいない。 「お前、トナーの発注ミスがあってから、先方と何かやりとりしたか?」 「…………あ…………再び注文の電話を受けたので、ミスをしてしまったことを謝りました。電話口で話しただけです」 「それが相手の心に刺さったのか……」 「いや、狛崎に限ってそんなことないだろう。あの狛崎だぞ……狛崎だしな……」 鬼崎部長も、本人を前に言いたい放題である。 「とにかく、先方の要望を飲むしか方法がない。狛崎、初の大口案件を頼んだぞ。当面は木ノ下に支援へ入ってもらう。野々田から引き継いでおいてくれ」 「部長、野々田には何と説明すれば……」 「それが1番難しい問題だ。俺から野々田には説明しよう。恐らく荒れるだろうから、みんなでフォローをしよう」 「……心がありえないくらい重いですが、何とかしてみます……」 「なんか、俺のせいで色々とすみません」 よく分からないうちに、騒ぎの中心になってしまった俺は、苦虫を噛み潰したような表情の木ノ下さんに、不安を隠せなかった。

ともだちにシェアしよう!