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第15話狐にしか分からない5
「真那斗、すげーじゃん。それってあれだろ?狐が人間を実力で抜いたんだろう?」
「うーん……表向きは、そうみたいだけど……」
「野々田さんとかいう厳つい人の嫉妬が怖いとか、贅沢な悩みだよ。真那斗はやっぱり狐の誇りだ」
俺は穴を掘りながら、夜空を見上げる。気持ちの良い風は初夏の匂いがした。
今から旧商品のマニュアルを穴に埋める。供養というか、新機種になったため、自宅で旧商品を勉強するが必要なくなった。大切なものは穴に埋めておくのが狐の習性である。
俺は、ぼろぼろのマニュアルへ柔らかい土をかけた。
桃矢には『幸せな悩み』になるらしいが、俺がA金属の担当になったことで、様々な弊害が生まれていた。
まず、野々田さんの嫉妬は想像以上で、 引き継ぎらしいものを受けさせてもらえなかった。しょうがなく、木ノ下さんと手探りで模索した。10年近く担当していた契約先を、落ちこぼれの俺に取り上げられたら、子どもみたいに拗ねるしかないようだ。どんなに木ノ下さんが説得しても野々田さんは耳を貸そうとしなかった。
よく分かっていない俺と、A金属の新機種納品ラッシュ、プラス自らの顧客を抱え、木ノ下さんは多忙を極めた。次第に顔色が悪くなり、栄養ドリンクの空き瓶が机に並ぶようになった。
いつ家に帰ってるのかも不明だ。
「木ノ下さんが、大変そうで見るに堪えないんだ。俺は知らないことだらけで、木ノ下さんに頼るしかないのが辛い」
鬼崎部長は、本当に鬼だ。全てを木ノ下さんに押し付けている。迷惑を掛けているのは俺だし、俺がもっとしっかりすれば問題ないのだけれど、どう足掻いてもA金属のような大手を受け持つ容量と実力がない。
「どうして、向こうは真那斗を指名したんだ?」
「野々田さん……前の担当が嫌だったみたい。長年の不満が今回出たんだ。社歴が浅い俺のことを先方も分かってくれてる。とても寛大だよ」
「前にミスして怒られてなかったか?」
「それは野々田さん自身にクレームを出したんだって。屈折して俺ん所に来ちゃっただけ」
「野々田って人、いろんな意味で終わってんな。真那斗、気をつけろよ」
「あ……うん、なんとか大丈夫」
野々田さんは、今まで俺が出会った人達のなかで、ナンバーワンの要注意人物である。彼に対してはなんとなく取るべき対処法は分かる。本気にしない、なるべく関わらないだ。
それよりも木ノ下さんが心配だった。前みたいに笑ってくれなくなったし、冗談も言ってくれない。心がギスギスしている。
木ノ下さんは野々田さんから俺を守ってくれている。彼の存在が無ければ、とうの昔に会社を辞めていただろう。
(どうしたら、木ノ下さんが楽になるのかな……)
パンパンと土を上から軽く押さえる。お世話になった古いマニュアルへ小さくお礼を述べた。そしてゆっくりと立ち上がる。
「これからどうしようか。最近アレをやってないだろう。真那斗も定期的に抜かないと健康によくないぞ」
「…………今日はやめとく……新機種の勉強しなくちゃだから」
「そっか……必要になったら言えよ」
「ありがと。またお願いする」
木ノ下さんのことで頭がいっぱいで、他のことに追いつかない。
それでも前に進むしかないと、俺は狐声で気合いを入れた。
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