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第16話狐にしか分からない6
そして、次の日から怒涛の納品ラッシュが始まった。大きな什器をトラックと共に契約先の事務所を回る。1箇所の設置から機器の操作確認と説明完了までは、半日を要した。
設置は技術さんがやってくれるが、設定は営業マンがやる。これは木ノ下さんにとことん仕込まれたので、俺的には自信があった。
なんとか2件をこなし、同伴してくれた技術の片瀬さんから成長したなと褒められて有頂天になっている時だった。
帰りの車中で鬼崎部長から携帯へ着信が入る。
「はい、狛崎です」
『もしもし』なんて呑気に出ると小言の嵐なので、気をつけて対応せねばならない。
「狛崎、今どこにいる?」
「納品が終わって、帰る途中です」
技術車両に同乗させてもらっている。
「あのな、木ノ下が客先で倒れたんだ」
鬼崎部長が電話口で信じられない言葉を発した。
「へっ……は………………??」
「救急車で運ばれたらしく、病院から連絡が来た。俺は折衝が終わり次第向かう。取り敢えずお前が行ってくれないか」
その後、鬼崎部長は病院の名前や、場所を言っていたようだが、全く耳に入って来ない。
頭が真っ白になった。
(木ノ下さんが……倒れた……??)
「どうかしたの?」
技術さんである片瀬さんが運転席から心配そうに言う。不思議なことに、片瀬さんの声で現実へ戻された。狼狽えてはいけないと、頭では分かっていても、足が震える。
「あ、いや、木ノ下さんが倒れたって、鬼崎部長が……ええと…………病院へ向かわないといけなく…………なりました」
「どこの病院?」
「……………………分かりません。聞いていませんでした。どうしよう……」
すると、片瀬さんは路肩に車を停め、電話を始める。オロオロしている俺と違い、落ち着いていた。電話を切り、病院名をナビへ入力する。ここから20分で着くようだった。
「送っていくよ。1人で大丈夫かな?」
「すみません……大丈夫です」
「頼りにしている先輩が倒れたと聞いて動揺しない奴はいないよ。木ノ下は過労だろう。とにかく、生きているみたいだから、気を確かに、深呼吸。君が倒れたら大変だ」
ヒクヒクっていた呼吸をゆっくり整える。片瀬さんは俺を見てにっこりと頷いた。
元から優しいけど、神様みたいに後光が刺しているようである。
片瀬さんは技術さんのなかでも所作がスマートなことが有名で、1度メンテナンスや機器故障で行った契約先から、名指しで依頼が入るくらい人気がある。恐らく大半が見た目のファンであるだろう。
病院の前で降ろしてもらい、深く深呼吸する。大丈夫。木ノ下さんは死なない。
人間が行く病院というものに、生まれて初めて足を踏み入れた。
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