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第17話狐にしか分からない7
これが人口の違いなのか。
広くて大きい空間は、たくさんの人間で溢れていた。普段、人間の病院は怖くて近寄ることさえできない。
人間の身体はとても複雑で、病気の数は無数にあるらしい。狐には天雲先生というお医者さまがいるが、小さな診療所があるだけだ。怪我も病気も全て天雲先生が治してくれる。それはそれは立派なお医者さまである。
(こりゃ天雲先生も驚く規模だ。今度教えてあげよう)
片瀬さんから聞いた通り、エレベーターに乗って指定された階数へ向かった。さっきから消毒液のような匂いが鼻からついて離れない。くどい空気に酔ってしまいそう。
木ノ下さんは個室で寝ていた。看護師さんの話では過労による貧血で、加療が必要らしい。詳しい説明は、鬼崎部長に受けてもらうことにして、木ノ下さんの枕元にある椅子へ座る。
蛍光灯に照らされた青白い顔が、更に不健康さを物語っていた。前よりも痩せた気がする。
「…………狛崎……か」
「すみません、起こしてしまいましたか。寝ていて下さい」
「昼ごはん」
「えっ?」
「昼ごはんを食べ損ねて、契約先に向かったんだ。炎天下で、ものすごく暑かった。そこから記憶が無い。社会人失格だな。かっこわる」
木ノ下さんは自嘲気味に笑う。
このごろの木ノ下さんは本当に働きすぎだったのだ。自分の所為なのは明らかであり、それをここで謝っても、木ノ下さんは喜ばない。
激務の理由を恨んでいるのではなく、この人は倒れてしまった自らを悔いているのだ。
「調子はどうですか」
「んー、点滴してもらったら、目眩は無くなった。起き上がるまでには時間が掛かりそうだが」
2、3日は絶対安静らしい。それから自宅療養も入れて、最低でも10日間ぐらいは休まなければいけないと看護師さんが言っていた。この人は退院したらすぐ出社しそうで、危なっかしい。
「欲しいものはありますか?売店で調達してきます」
「…………水」
「水ですね」
「あとは……」
「あとは何ですか?」
木ノ下さんの視線がふわりと宙を舞った。
「出張した時にな、お前が寝たあと狐が出てきたんだ。とにかく尻尾がふわふわで、ものすごく癒された。リアルな夢だったなぁ。あの尻尾が傍にあれば、ちょっとはマシになったかと思う。だから欲を言えば尻尾が欲しい」
「………………………………!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
今日1番の、いや、生まれて初めてこんなに驚いたことがなかったくらい、開いた口が塞がらない現象を体感した。
『冗談だけど』と、悪戯っぽく微笑む木ノ下さんを流す余裕が無い。病人を目の前に、顔面蒼白になった。
だからあの出張初日の朝は、木ノ下さんが後ろから抱くようにして寝ていたのか。
『俺は確実に狐化していた』という事実に打ちのめされていた。
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