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3-邂逅
楓の声に息を呑み、狭霧は、堰を切ったように顔を上げた。
「六年振りか。こういうのを邂逅って言うんだろうな」
ジャケットのフードを外した彼は手つかずの黒髪を露にして笑みを浮かべた。
「お前、身長伸びたな」
「……どうして……」
どうして。
狭霧は自問自答する。
どうしてドアを開けてしまったのか。
二度も自分を放棄した彼を部屋に入れ、こうして向かい合っているのか。
「お前、驚き過ぎだ」
瞳の鋭さに凄味が加わっていた。
身長も伸びている、174センチの狭霧を軽く追い越していた。
体格が一回り大きくなり、敏捷さを兼ね備えた引き締まった肉体へと変貌を遂げていた。
「……どうして、突然」
やっと狭霧は楓に向けて問いかけを発した。
「楓は……忘れろって」
「でも覚えてるだろ」
スニーカーを脱いだ彼が部屋に上がる。
狭霧は後退りし、浴室へと通じる扉に背中をぶつけた。
楓は凍りついた狭霧の真正面に立ち、その美しく青ざめた顔を覗き込んだ。
「相変わらず綺麗な顔だな」
筋張った手が滑りのいい頬を包み込み、鋭く笑う眼が切れ長な双眸の焦点を奪う。
薄く開かれていた狭霧の唇が僅かに震えた。
「かえ……」
名前を呼ぼうとしたら口を塞がれた。
乾いた唇がかぶさって、舌先がおもむろに口内へ侵入してくる。
いつ猛然と牙を剥かれるかわかったものではなく、唐突過ぎるキスに、狭霧は眉根を寄せてじっとしていた。
「ッ」
やんわりと舌を噛まれた。
些細な刺激に背筋が戦慄いて、つい喉を鳴らしてしまう。
唾液が喉の奥から込み上げてきて、潜めていた舌を絡め取られると口の中いっぱいに広がった。
「ふ……」
楓はゆっくりと狭霧の唇を味わった。
歯列の裏をくすぐって下唇を食み、交じえた舌先で生温い音をひっきりなしに生じさせる。
時に唾液を流し込んでは狭霧が過剰に反応する様を薄目がちに見下ろしていた。
勢い任せであった以前のキスとは違う、いやに慣れた舌遣いに、狭霧は混乱の色を隠せなかった。
「あ……っ」
思わず顔を離した。
楓の右手が自分の股間に届いている。
官能的に弄る掌が明確な目的を持っているのは一目瞭然だった。
「感じたみたいだな」
話をする間も手の動きは休めず、楓はよがる狭霧の耳元で尋ねた。
「お前、童貞のままだろ」
服越しの愛撫でも相当堪えた。
両腕を交差させて楓の胸板に押しつけているものの力はほとんど入れていない。
むしろ掌でしつこく揉みしだかれて脱力しかかっており、狭霧は立っているのもつらい状況だった。
「じゃあ自分で処理するしかないよな、そうだろ?」
「あ」
「何考えてするんだろうな」
耳朶を強めに舐り、楓は狭霧を密やかに問い質した。
「DVD? 気に入ったジャンルとかあるのか?」
カタチを確かめるように押し包んでいた掌が着衣の内側へと進み、直に触れられて、狭霧はビクリと全身を震わせた。
自分以外の手による愛撫は六年振りだ。
我慢したくとも深く感じざるをえない有り様だった。
「ん、く……ッ」
「それとも。過去の実体験とか」
シャンプーの仄かな香りが漂う髪に頬を押しつけて、楓は、屹立しかけている狭霧のそこを甘く握り締めた。
滑りのいい頬が素直に紅潮すれば、さも満足げに愉悦した。
「お前、忘れられなかったんだろ」
狭霧は楓を見た。
漆黒の髪、次に夜目にも鮮烈な光を宿す双眸に視線を移し、未だに健在である獰猛な眼差しを一身に浴びた。
「俺は楓を憎んでいた」
あの頃は確かに。
年月を経て次第に風化してはいったが、何よりも強く感情を注いで、とにかく一心に。
ただ憎くてならなかった。
「ぁ……ッ」
力み始めた先端の割れ目をなぞっていた楓は、跪いて一気に下着ごと服を下ろし、狭霧の性器を外気へと露出させた。
「本当、久し振りだな」
楓の眼差しに中てられた狭霧は魂を抜かれたかの如く虚ろにしていたのだが、あの頃には及ばなかった行為に途端に悶絶した。
楓がうっすらと濡れたペニスを口に咥えたのだ。
「ッ……楓?」
楓は唇を離し、驚愕している狭霧に不敵な笑みを投げかけた。
「な、何やって」
「いいだろ」
根元を固定して薔薇色の先端部に伸ばした舌先を淫らにそよがせる。
えもいわれぬ感覚に狭霧は立ち竦んだ。
今にも爆ぜてしまいそうな緊迫感。
次に楓が何を仕掛けてくるのか考えると、心は大いに乱れ、獰猛な目つきに無抵抗を強いられている狭霧はぎゅっと目を閉じた。
「後、こういうのもな」
唾液をたっぷり含んだ舌尖で裏筋を撫で上げ、割れ目から溢れる前液を乱暴に舐めとる。
止め処なく滴る先走りをすべて受け止めようと、楓は、狭霧を勢いよく頬張った。
「ん……!」
上擦った声音がキッチンの静寂を貫いた。
楓の口に囚われた瞬間、狭霧は不本意な達成を迎えたのだが、それでも彼の男は食らいついたまま手放そうとしない。
舌なめずりの音をわざとらしいほど響かせ、根元を緩々としごき、狭霧を再び快楽の淵へ誘おうとしていた。
足腰に力が入らなくなった狭霧はとうとう壁伝いに崩れ落ち、いつしか自分よりも逞しい肉体に組み敷かれていた。
熱っぽく潤んだ瞳を開いて、楓の怒張した下肢を目の当たりにし、この先に待っているだろう責苦に怯えた。
快感と苦痛の入り混じる絶頂。
久しい感覚に果たして耐えられるだろうかと不安になった。
しかし、狭霧の予想に反して楓はまたも初めての行いに悠然ととりかかった。
口淫を中断されて白濁の蜜を垂れ流している狭霧の隆起に、屹立した自分のペニスを勇ましく擦りつけ、激しい腰遣いで動き出す。
絶妙な摩擦に狭霧は仰け反った。
ひんやりとしたフロアが灼熱の針と化して艶やかな背中を狂おしく突き刺した。
「あ……ああ、あ……っ」
互いの蜜が混ざり合って粘ついた音を立てる。
狭霧のしなやかな腕はドアの磨りガラスにぶつかって、束の間宙をさまよい、楓の肩にやむをえず落ち着いた。
楓は黙って腰を揺り動かしている。
長いブランクの後に与えられる快感としては非常に手痛く、狭霧は、歓迎しかねる邂逅を途切れがちの意識で受け入れる他なかった。
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