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楓には二度棄てられた。 一度目は小学校の頃、二度目は中学時代だ。 どうでもいいような扱いでこれといった言葉もなしに突き放されて、存在を無視された。 理由は未だにわからない、でも、見当はついている。 きっとただの気紛れだ。 子どもの残酷さで容易く棄てて、多感な十代が持て余す性の掃き溜めにあてがわれて、忘れようと言って、また棄てた。 多分、楓は何も思っていない。 突然現れて以前の行いを詫びるでもないし、またのしかかってきた……やり方は変わったかもしれない、でもすべては気紛れに過ぎない。 きっと楓は三度目の放棄に及ぶ。 俺は感情を抑えて彼に流されよう。 徒労に等しい無意味な憎しみを抱くのはもう疲れた。 楓はもう俺を守ってくれた友達じゃない。 講義は休み時間に入ってもしばし続けられ、学生の面々は不満げな面持ちへと変貌していったが、狭霧は一人真剣な表情を保っていた。 「狭霧?」 牧村は、長引いた講義がやっと終了したと言うのに席を立とうとしない狭霧に首を傾げた。 「今日、図書館には?」 「行かない」 本日の講義はこれで終わりだ。 頭の中で当てのない思いを巡らせていた狭霧は荷物を小脇に抱え、閑散となった教室を出た。 次の講義が開始されるまで残り数分、駆け足で急ぐ数人の学生と擦れ違った。 「あの人と帰るの?」 たっぷりと幅のある階段を急がない足取りで降りていく。 途中、面識のある教授と擦れ違い、二人とも揃って頭を下げた。 「多分」 「狭霧とあの人、仲がよさそうだった。狭霧があんな風にふざけるの、初めて見たから」 「ふざける?」 階段を降り切った狭霧は何か言いたげな牧村と向かい合った。 「昼休み、ホールでふざけてたよね?」 「そんなんじゃない」 狭霧がつい苛立った声を発すれば、人のよい牧村ははっとして「ごめん」と謝った。 「……いや、俺こそ」 まだ講義が残っている牧村と別れて狭霧は渡り廊下を進んだ。 昼休みと比べて大分人数の減った学生ホールは、それでも談笑が絶えなかった。 周囲を見渡す前に狭霧は楓を見つけた。 窓際の長椅子にもたれた彼は煙草を片手に携帯で話をしていた。 大声は出していないが、眉を顰め、ただならない雰囲気を醸し出している。 他の学生が距離をおいているのは一目瞭然だった。 再会以後、狭霧が初めて目にする表情だった。 「……」 ホールの出入り口で佇んでいた狭霧に楓が気づいた。 顔色を変えた狭霧は彼を待たずにホールを出、帰宅する学生で混み合う中央階段に足をかけた。 「先に行くなよ」 当然のように自分の斜め前を確保した男を見上げ、電話をかけていたときの苛立ちが消え果ているのを知り、狭霧は「大学は禁煙だ」と呟いた。 「そうなのか? 誰も何も言わないから。吸い殻はちゃんと空き缶に捨てた」 携帯で誰と話していたんだろう。 どうしてあんな苛立った表情を浮かべていたんだろう。 どうして俺はそんなことを気にしているんだろう? 「お前、それで怒ってるのか?」 いずれ君はまた「忘れよう」って言うのに。 その日、楓は狭霧と一緒にアパートへは帰らなかった。 「用ができた」と、一言告げると大学前で別れた。 そして一晩中アパートへ姿を現すことはなかった。 数日振りに一人で過ごす夜に安堵できるかと思いきや、寝つきの悪い一夜となり、狭霧は翌日の午前中に行われた講義に頭痛を抱えて出席した。 初めて訪れるはずの街で一体どんな用事ができたというのか。 切れ長な瞳に連日の寝不足の不快感をちらつかせ、狭霧はペン先でノートを頻りに小突く。 隣の牧村が見ているとわかっていたが止められなかった。 まさか、もう行ってしまったのか。 冷蔵庫には彼の買ってきたものが残っているし、自分は使わない整髪料も洗面台に置きっぱなしだ……いや、でも、これでいい。 昔みたいに悪感情に駆られる範囲までには至っていない。 前もって予想できていた結末だから。 苦しいだけの独り善がりな憎しみに溺れる必要はない……。

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