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6-過去
部屋に狭霧を送った楓はすぐさま外に飛び出してタクシーを呼び、包帯や消毒薬を買い込むと速やかに同じタクシーでアパートへと戻ってきた。
羽織ったジャケットもそのままに傷口の血を洗い落として介抱を始めた彼に、狭霧は、自分自身の告白を言いそびれて、言葉少なめに彼の黒髪を眺めていた。
「確かに出血の割に傷は浅いな」
楓が消毒薬を満遍なく傷口にかける。
ベッドに腰掛けて彼に両手を委ねていた狭霧はひくつく痛みを我慢し、ぎこちない相槌を打った。
ラグの上に胡坐をかいた楓は余分な消毒液をティッシュで拭うと「しばらく広げたままじっとしてろ」と、言った。
寝静まるにはまだ早い夜中の九時半。
耳を澄ませればテレビの音声や人の話し声が他の部屋から聞こえてくる。
楓に言わなきゃ。
想いを伝えたくて狭霧は口を開こうとした。
「小学校の頃、覚えてるか」
またしても出鼻を挫かれたものの、狭霧は落胆するどころか切れ長な目に生き生きとした輝きを宿した。
「覚えてる。運動会や遠足のときはいつも一緒に昼を食べたり、影踏みしながら学校に登校するのが楽しかった」
「でも俺はお前から離れた」
立てた片膝に頬杖を突くと楓は狭霧に横顔を向けた。
「お前に触れたくて堪らなくなったから」
狭霧は目を見開かせた。
横顔で彼の驚きをひしひしと感じつつ、楓は自分のかつての心境を語り始める。
「俺はお前が最低な大人から傷つけられるのをそばで見てきた。そんな奴らと同じになるくらいなら離れた方がマシだと思った。俺はあいつ等とは違う。汚い大人になんかなるもんかって……俺の手で傷つけたくなかった」
「そんな」
狭霧は絶句し、楓は購入したばかりの包帯をテーブルに乗せ、壁を睨みつけた。
「でも我慢は続かなかった」
「……」
「誰かのものになるなんて耐えられなかった。傷つけたくなかったのに、距離をおいたのに、前よりも触れたくておかしくなりそうだった。だから……俺はお前をちゃんと見れなかったよ。泣いてる姿を無視して、罪悪感を素通りして……最悪だ」
怪我が軽い方の左手に包帯が巻かれ始める。
狭霧は波打つ胸の内を少しでも落ち着かせたく、楓の慣れた手つきをじっと見下ろした。
「中学卒業が最後のチャンスだった」
「チャンス……?」
「お前から離れる機会。この欲望を弱らせる距離ができる。そう思った」
「……違ったのか?」
「ああ、むしろ逆だった。感情や欲望は強まっていくばかりで、どれだけ働いても、月日が経っても、おさまらなかった」
そんな中、楓は笹倉に出会った。
クラブで話しかけてきた彼と向かい合った瞬間、狭霧にどこか似ていると感じ、その日に体を重ねた。
「リョウは、でも、お前に顔が少し似てるだけで……お前じゃない」
行き場のない欲望は限界まで肥大し、楓は、決意した。
自分の欲望を受け入れ、憎まれていてもいいから、狭霧に会いに行こうと。
「誰よりもお前に会いたかった」
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