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笹倉は浴槽の中で眠ってしまった。 彼の真後ろに位置する牧村は、熱い湯船は心地いいながらも素肌同士の密着に心は落ち着かず、ずっとそわそわしていた。 狭い浴室。 閉められた仕切りの防水カーテン。 日常世界から切り離されているような、どこか非現実的な空間。 「……」 牧村は眼鏡を外した笹倉の片腕に一文字に刻まれた傷跡を見下ろした。 過去にナイフを振るわれた笹倉が別の人間に対してナイフを振るった。 悪循環。 負の連鎖だ。 でも、きっと、狭霧は大丈夫。 これから先、あの人がそばにいてくれるだろうから……。 「ん」 牧村はどきっとした。 懐で身じろぎし、気持ちよさそうに喉を鳴らした笹倉の、前髪に見え隠れする瞼を遠慮がちに眺めた。 笹倉さんって、綺麗な顔をしている。 やっぱり狭霧と少し似て……。 「はぁ」 牧村はまたしてもどきっとした。 いつになく鮮やかに色づいた唇が奏でた吐息にどぎまぎし、笹倉の顔から視線を外して意味もなく天井を見上げた。 今、何時だろう。 明日の朝一の講義には間に合うかな。 狭霧は来るだろうか。 笹倉さんは、仕事を休んで、こっちに来ていると言っていた。 いつ戻るんだろう。 どうかこの人が悪い夢を見ませんように……。 「クシュンッ」 眠っていたはずの笹倉がクシャミをし、とりとめのない思考を巡らせていた牧村は慌てて上体を起こした。 「ん……?」 「笹倉さん、そろそろ上がりましょう、風邪を引きます」 「ん……抱っこ……」 「え」 「ベッドまで運んで……」 そこまでやる必要があるのか、と疑問を持つこともせず、牧村は言われた通りにした。 年上である男の体をバスタオルで拭いてやり、ひざ下丈のガウンを着せ、決して軽くない体を抱えて整然と設えられたベッドまで運んだ。 「えっ」 運び、自分はパンツ一丁だったのですぐに服を着ようと回れ右しかけたところで、肩に絡まってきた両腕。 引き寄せられて再びキスされた。 無防備だった唇を割られて口内にまで訪れた舌先。 倒れ込まないよう、咄嗟にシーツに両肘を突いて上体を支えていたら、毛先が僅かに濡れた頭を抱き寄せられた。 「っ……だめ、ですってば、笹倉さ……」 舌まで絡め取られて牧村は焦燥し、熱い湯船に浸かって全身を紅潮させた笹倉は自分の真上で困り果てる年下大学生を薄目がちに見つめた。 「本当にイイコだね、牧村君」 「笹倉さん……」 「悪い思いはさせないから。一晩、一緒にいて」 「いるだけなら」 「セックスしよう」 「だから、それは」 「お願い」 関節照明で淡く光る双眸に希われて、人のいい牧村は、無下にすることもできずに……。

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