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【夏の幼なじみ】コーヤダーイ
「シズクとキヨナをいじめたら、めっ! だよ」
幼稚園のとき、年長組の子に砂をかけられて、いじめられてた二人を助けたのは僕だ。
当時の一歳の差は大きい。僕は4月生まれで普通の幼稚園児よりも、体が大きかった。
僕の剣幕に負けて年長組の子たちが去ると、シズクとキヨナがポテポテと走ってきた。
「「マサタカくん、ありがとお」」
「シズクもキヨナも、へーき?」
「うん」
「へーき」
そのあと、マサタカくんだーいすき、と言われた。
三人で手を繋いで、さくら組の教室へ戻ったんだった。
いつも僕が真ん中、シズクとキヨナ、二人の手を持って歩く。
それがどうしてこうなった。
僕たちは順調に成長し、同じ高校の学生になった。
細かく言えば、シズクもキヨナもスクスクと成長し、僕の成長は途中で止まった。
相変わらず僕たち三人は仲がいい。歩くときは、いつも僕が真ん中。
ただし、シズクとキヨナは牽制しあう。背の高い二人が頭の上でやいのやいの、騒ぐのは困る。
「もぉ、二人ともケンカするなら離れて?」
「はぁ? ケンカなんてしてねーし」
「そうだよ、マサタカ。俺たち仲いいだろ?」
急に仲良しになった二人に、僕は不信の目を向ける。
「あと、二人で勝手に話してるけど、僕はどっちとも手なんか繋がないからねっ」
「「ええぇ~~っ」」
男子高校生が手を繋いで登校なんて、聞いたことがない。
あまり視線を集めたくない僕は、二人から逃げるように早足で学校へと急いだ。
「なぁマサタカ。今度の週末、一緒に海に行かない?」
「海? 行く!」
「よし、決定な。水着持ってこいよ」
昼休みに学食でA定食を食べながら、シズクとキヨナに海に誘われた。
海、水着、女の子。あんまり背の伸びていない僕にも、出会いのチャンスがあるかもしれない。
のんきな僕は、そんなことを考えていた。
ひと、人、人だかり。
詳しく説明するなら、女の子の集団に、現在囲まれている。
僕じゃない、シズクとキヨナだ。
女の子たちよりも頭一つ大きな二人は、キョロキョロと首を振り、輪の外に押し出された僕を見つけるとホッとした顔をした。
なんだよ、ちくしょー。僕は完全に忘れていた。
シズクとキヨナは、格好いいのだ。そこらの芸能人なんかより、整った顔をして背も高くて、とにかく目立つ。
一人でも目立つのに、タイプの違う二人が一緒にいるから、余計目立つのだ。
一緒に海へ来たものの、僕をはじくように女の子に押されて、二人はずっとナンパされまくっている。
「来るんじゃなかったかなぁ」
僕は一人でパラソルの下に座り、パーカーのフードまでかぶって、ため息をついた。
海に着いてすぐ泳いだときに、日焼けした肌は赤くなって、すでに痛い。
「マサタカ、一人にしてごめん」
声に顔を上げれば、シズクがパラソルを覗き込んでいた。
「女の子たちは、もういいの?」
「あんなのどーでもいい。それよりどっか、具合悪いのか?」
「いたっ」
ポンと肩におかれた手が、日焼けした肌に刺さるように痛かった。
「ご、ごめんっ。どーした? マサタカ」
パラソルの下に、しゃがんだシズクが入ってきて、俺の顔を覗く。
「あ、えっと、日焼けしちゃっ……」
「抜け駆けナシって、言ったよな。シズク」
いつも聞いているよりも、低い声が僕のお腹に響いた。
「キヨナ……」
「おっ、飲み物サンキュ」
「ばっか、お前にじゃねぇよ。ほい、マサタカお疲れ」
「ありがと」
よく冷えたスポーツドリンクを、キヨナが買いに行ってくれたらしい。
ありがたく一口飲めば、ずいぶん喉が渇いていたことに気がついた。
「あれ、俺のは?」
「お前のは……ほらっっ」
「ぅわっ! ひでぇ」
キヨナの放り投げたペットボトルを、パラソルから飛び出したシズクが、空中でキャッチした。
「ひっでぇ、砂がつくだろ~」
「落とさなきゃつかないだろ」
文句を言いながら、立ったままスポーツドリンクを飲むシズクとキヨナの、いつものやりとりを見て、僕は笑ってしまう。
「ごめんな、マサタカ」
急に謝られて、僕はキヨナを見る。
「日焼けしちまったな、赤くなってる。これけっこう痛いだろ」
思ったより近くにあったキヨナの顔に、僕の心臓はドキリと跳ねる。
ほっぺたを触ろうとして止めた手の熱さに、きっとびっくりしただけだ。
「おい、シズク。マサタカ日焼けが痛いみたいだから」
僕からふっと目をそらしたキヨナが、シズクを見上げる。
ほっぽたの近くにあった手も離れても、僕の顔はまだ熱い。
「おう、だな。そろそろ帰るか」
「えぇっ」
まだ焼きそばもたこ焼きも食べてない、僕がそう言ったら、二人とも大笑いした。
「それは夏祭りだな」
「そそ。屋台で買ってやるよ」
「そーなの?」
それならいいや、と納得して僕たちは海をあとにした。
ゴミを捨ててくる、とじゃんけんで負けて走って行ったキヨナの背中を見ていたら、大丈夫? とシズクに声をかけられた。
「……ん?」
「日焼け、痛いんでしょ? マサタカは、そーいうの全部我慢しちゃうから」
「シャツがこすれると、痛いかな」
素直に白状すれば、シズクの眉が下がった。
「俺らと違って、マサタカにはシャツ脱げばって、言えないしね~」
「え、なんで?」
シズクやキヨナと違って、貧相な体だからかな。僕はちょっと傷つく。
「なんでって……」
はあっ、とシズクが大きなため息をつく。
「……きな…………でしょ」
「あ、ごめん。なに?」
波の音で、よく聞き取れない。
「ねぇマサタカ。俺を選んでよ」
「……えらぶ……?」
シズクの言っている意味が、わからない。僕に何を選ばせたいのか。
少しだけ先を歩いていたシズクが振り返ると、まっすぐに僕を見ていた。
僕の心臓がドキリと跳ねる。
ドクドクいって顔まで熱いのは、これは熱射病かもしれない。
『好きな子の裸、他に見せたくないでしょ』
さっきそう聞こえた気がするのも、夏の暑さのせい。
「あの……僕……」
飲みきれなかったペットボトルを、僕は両手でぐっと握りしめた。
「抜け駆けナシ、って言うのは今日二回目だぞ、シズク」
「ちぇっ、時間切れか~」
「? なんの話?」
「……マサタカには、まだいいんだ。これは俺らの問題」
「……ふぅん?」
僕だけ仲間はずれな気がしなくもないけど、きっとそのうち教えてくれるだろう。
僕たちは幼なじみ。今までもこれからもずっと一緒なんだから。
「帰ろっか」
「うん」
「おう」
真ん中の僕が手を伸ばしたら、シズクとキヨナが笑いながら手を繋いでくれた。
ちょっと開放的な気分になるのは、夏の海のせい。
僕の顔が熱いのは、きっと繋いだ二人の手が、熱いせいだ。
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