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【諸住くんの事件簿】圭琴子
高三の夏。共学に行った幼馴染みからは彼女が出来たという話もチラホラと聞いたけど、男子校の三年間では、何も刺激的な事件は起きやしない。それでも卒業旅行に行こうということになり、俺は久保田 と今井 と三人で、ちょっと足を伸ばした海水浴場に来てた。俺たちは、言うなれば悪友だった。青空からは陽射しが燦々 と降り注ぎ、絶好の海水浴日和だ。
「諸住 、早く来いよ!」
二人が、浜辺で振り返って待ってる。久保田はサラサラのストレートヘアをシルバーにブリーチして、空色のパーカーに派手なハイビスカス柄の海パン。チャラいことには定評がある。今井は、気合いの入った硬派だ。赤髪をオールバックにして、青いアロハシャツに黒い海パン、ネックレスや指輪なんかをつけてる。俺はと言えば、平凡な黒髪に地味なカーキ色の海パン、上着でお洒落をしようという気もなく、この二人に囲まれると突出して非モテだった。
だけど、俺は挫けない。この二人と一緒だったら、絶対にナンパ成功する自信がある! いや、俺の手柄じゃないけど。この旅行で俺は、ナンパする気満々だった。
「お待たせ~」
海パン一枚で二人に追い付くと、何だか妙に視線を感じる。ん? 俺、何か変? 思わず自分を見下ろすが、特に変わったところはない。俺は張り切って、二人に言った。
「なぁなぁ、ナンパしようぜ」
二人は顔を見合わせる。両側からペチペチと、素肌の肩を叩かれた。
「まあ、焦らないで、泳ごうよ」
久保田が、左の手を引く。
「そうそう。女は逃げやしねぇから」
負けじとするように、今井が右の手を引く。
「マジ? 俺、そろそろDT卒業したいんだけど……」
また二人の目が合う。キラリと何か、悪巧みが光ったように見えた。んん? その時、キャーと、楽しそうな女子の歓声が聞こえた。見ると、水上バイクに、バナナボートを引っ張って貰ってる。何も考えずに、声を上げた。
「あ! あれ楽しそうだな! 俺たちもやらない?」
「確かに、楽しそうだね」
「諸住は真ん中として、どっちが前後になるかだな」
久保田と今井は、バチバチと視線で火花を散らしてる。な、何で? 二人は同時に、拳を突き出した。
「「ジャンケンポン!!」」
「フッ……日頃の行いを、神様は見てるんだよな」
「だぁぁああ! マジかよ! 今井、抜け駆けはナシだからな!!」
よく分からないが、久保田が膝を着いて悔しがってるのが可笑しくて、俺はちょっと笑った。
「じゃあ、久保田、諸住、オレ、の順な」
バナナボートから下りてくる女子三人組を、俺は思わず密かに盗み見る。ロングヘアで白いビキニ、ショートカットで黄緑のセパレートスカート、ボブスタイルでグレーのワンピースショートパンツ。うぉお……鼻血出そう。俺は両脇の二人を肘で小突いて、小声で話す。
「誰が良い? 俺、ショートパンツ」
「ボクは、諸住の方が可愛いと思う」
「オレも、諸住が一番だな」
「何だよ、ソレ。おホモだちかよ!」
俺は不意打ちに、爆笑して腹を抱えた。そしてジャンケンで決めた通り、バナナボートに久保田、俺、今井の順に跨がる。水上バイクのお兄さんが、しっかり掴まっているように言ったから、俺は久保田の引き締まった腹筋に腕を回した。後ろからは、今井が俺の細いけどぽよぽよの腹に手を回してくる。何か、恥ずいなあ。鍛えときゃ良かった。
水上バイクが発進する。右に左に揺られて、大いに楽しかった。俺と久保田は歓声を上げたけど、硬派な今井は全く声を上げなかった。そうか、そういうところがモテるんだなあ。落ちそうになったのか、その今井が逞しい胸板を密着させて、腰から俺の胸板に腕を上げてくる。最後に一回、男子専用のサービスか、大きく急旋回してバナナボートは止まった。俺たちは三人繋がったまま、海に落ちる。海面に顔を出して、声を上げて笑い合った。
「なぁなぁ、さっきの三人組、ナンパしようぜ。共通の話題も出来たし」
バナナボートのことだ。二人から頭半分低い俺はスルーされてる感は否めなかったが、三人組が久保田と今井にチラチラ視線を送ってたような気がする。俺は、二人のおこぼれが貰えれば御 の字だった。だけど二人は、話題を変える。
「ボク、日焼け止め持ってきたんだよね」
「オレはオイル。諸住、どっちがいい?」
「え?」
俺は何も持ってこなかった。どっちかな。ぽよぽよの腹が少しでも締まって見えるように、焼けてる方が、モテるような気がする。
「オイル」
「よし!」
「何でだ、諸住ぃぃいい」
また久保田が、膝を着いて砂を叩いて悔しがってる。今井はカッコいいけど、久保田のこういう茶目っ気のあるとこが面白いんだよな。ブルーシートに戻ると、今井が早速オイルを取り出した。
「塗ってやるよ。諸住」
「お、さんきゅ」
今井はオイルを掌に出して、俺の背中に塗ってくれる。二の腕、肩。太もも。胸。うひゃひゃと俺は悶 えた。
「今井、前は自分で塗れる。くすぐったい」
「そうか。諸住、オレにも塗ってくれよ」
「いいぞ」
「諸住! ボクの日焼け止めも塗ってよ」
「ん?」
うん、と音にする前に、今井が割って入った。
「オレが塗ってやるよ」
「ボクは諸住に塗って貰いたいの!」
何だか険悪な二人に、俺は今井の背にオイルを塗りながら慌てて言った。
「久保田も、塗ってやるよ」
そうして、久保田、俺、今井の順に川の字でブルーシートに横になって、しばらく昼寝と洒落込んだ。夢の中で俺は、こんがり小麦色のイケメンになってた。さっきの三人組が、「諸住くぅ~ん」と擦り寄ってくる。ああ、分かった、順番な。ひとりひとりハグして、キスして。とてつもなく幸せな夢だった。んん? だけど舌が入ってきて、俺は慌てる。え、そんないきなりディープキスとか……。まずは清い交際を……。
「むぐぐ」
目が覚めると、今井の顔が離れてくところだった。あれ? 今、俺、夢見てたよな? 寝起きでボンヤリと真っ赤な夕焼け空を見上げてると、今度は久保田の顔が近付いてきた。んん?
「フガッ」
俺はガバリと起き上がった。キ、キス!? された!!
「な、何だよ、久保田!」
「あ~ほら、起きちゃった。今井が、舌なんか入れるからだよ」
へ!? 夢で見てたの、今井!?
「ジャンケンに弱い、お前が悪りぃ」
「ちょちょちょ、待て! お前ら、俺にキスしたのか!?」
「うん」
「ああ」
「何で!?」
二人の目が合う。久保田が、決め顔でシルバーヘアをかき上げ、フッと笑った。
「それは、諸住が大好き だから……」
「オレは、諸住を愛してる」
久保田に被せて、恥ずかしげもなく今井が真顔で囁く。
「ちょお! 抜け駆けはナシでしょ! まだボクが告白してるんだけど!」
「それを言うなら、先に告白した方が抜け駆けだろ」
????? 俺は混乱して、頭の中がクエスチョンマークでいっぱいだった。あ……夢、かも?
「諸住、ボクを選ぶよね」
「オレを選べ」
二人がずいっと迫ってくる。その時。
「一緒に、ビーチボールで遊びませんか~?」
さっきの三人組が、声をかけてくる。チラつくバストの谷間の前に、スイカ柄のビーチボールを抱えてた。だが二人が、強硬な声を出す。
「ボクたち、カップルだから」
「女に興味はねぇ」
「は、はぁ。ごめんなさい」
夢にまで見た逆ナンが、すごすごと離れてく。俺は混乱しっぱなしだった。
「ね、ボクだよね? 諸住。男は愛嬌だよね」
「オレだろ、諸住。オレは、つき合ったら他の奴になんか声もかけないぜ」
「……しっ……」
「「し?」」
「知るか! ファーストキスだったのに!!」
俺は半べそをかいて、膝を抱えて丸まった。しゃくり上げると、二人分の掌で髪の毛をわしわしと撫でられる。
「ごめんね、諸住」
「でもお前が好きだってのは、本当だぜ」
「卒業までに、どっちとつき合うか決めて欲しいんだよ」
「抜け駆けも恨みっこもナシ、この旅行で選ばれた方が、つき合うって約束だったんだ」
「……ないよ」
膝に伏せた涙声が聞き取れなかったらしく、気配が近付いた。
「選べないよ。グループ交際じゃ、駄目なの、かよ」
俺は、何を言っているんだろう。相手は久保田と今井だぞ。だけど悪友たちが、今日一日俺に対する愛情を競い合ってたのは、事実で。思春期の恋は、性も正体も分からずに、ただ心臓をドキドキさせた。
「うん、急に選べって言ったって、無理だよね」
「じゃあしばらくは、オレたちの諸住、な」
そう言って、左右から頬に優しくキスされた。信じられなかったが、身体が火照る。久保田はユーモアがあって気安いし、今井はお洒落でカッコいい。どっちかを選ぶなんて、俺にはとても出来やしない。
「でもこのままだと、3Pする羽目になるけどな……ま、それでも良いか」
しれっと今井が呟いて、久保田が非難の声を上げ、俺は涙が口から変なところに入って、ケンケンと空咳をする。3Pに……なっちゃうのかも。俺は一瞬妄想し、やっぱり身体が火照ってしまい、夕焼けみたいに真っ赤に燃える頬を肘で覆って隠すのだった。最後の最後に、刺激的過ぎる大事件が待っていた。今夜泊まるホテルの部屋が、ダブルベッドにエキストラベッドだったから、取り敢えず久保田と今井に同衾 して貰うことにしよう。
End.
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