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夫、いや夫と出会ったのは就職先の美容室。 男はカリスマ美容師であり経営者であり、そして英理と同じ同性愛者だった。 年上で顔もスタイルも良くて、優しくて紳士なその男に英理はあっという間に夢中になった。 恋人同士になれたのも奇跡だと思ったが僅か半年後、男からプロポーズされ結婚に至った。 些か性急だとは思ったが、男の情熱的なプロポーズは心に響いたし、男女問わずモテる男を繋ぎ止めるためならなんでもしたかった。 当然周囲にも止められたが、英理は反対を押し切って婚姻届にサインをした。 男の「一生大事にする」という言葉を信じて。 しかし英理の気持ちはあっさりと裏切られた。 という最低の行為によって。 しかもよりによって同じ職場の同期のとだ。 ショックだった。 頭を金槌か何かで思いっきり打たれた気分だった。 確かに自分はかわいいとか健気で献身的ないい妻ではなかったかもしれない。 どちらかというと料理も洗濯も掃除もイマイチで、家事能力は一切なかった。 顔はいいと言われる方だが、かといって可愛げがあるわけでもないし魅力的にも振る舞えない。 それでも夫のことは誰よりも愛していたし、その気持ちに嘘偽りはなかった。 自分のどこがいけなかったのか。 詰め寄った英理に夫が放った一言は酷く残酷なものだった。 「英理がダメなんじゃない。ただ、やっぱり俺子供が欲しいんだ」 完敗だった。 そう言われたら、男の英理にはもうどうすることもできない。 そうして男は多額の慰謝料とサイン済みの離婚届を置いてあっさりと出ていったのだった。 それから英理の生活は荒れた。 友達を呼んでは毎晩遅くまで酒を飲み、バカみたいに騒いだ。 所謂ヤケ酒のようなものだったが、くだらない話をしてゲラゲラと笑っていれば嫌な事なんて忘れられたし笑い飛ばせた。 しかし一人になると途端に寂しくなる。 悔しくて苛立って悄然として落ち込んで。 気を紛らわせるためにまた友達を招き、深夜に大音量で音楽をかけ、騒いで…そんな事を繰り返していたある日。 郵便受けに「忠告文」と書かれた紙が入っていた。 文面には連日のバカ騒ぎの騒音に対する近所からの苦情がつらつらと書かれていた。 直筆で書かれたその忠告文の最後には『管理人』と書かれてある。 どうやら毎晩遅くまで騒いでいる英理たちに対して管理人に苦情が入ったらしい。 英理は苛立った。 こうなったのは自分のせいではない。 全部全部浮気をしたあの元夫のせいだ。 それなのに英理ばかりが責められる。 その苦情の数々が、まるで夫に浮気されたのは英理のせいだと言っているようでむしゃくしゃした。 英理は郵便受けに入っていたその紙をくしゃくしゃに丸めると廊下に投げ捨てる。 その後態度を改めずバカ騒ぎを続ける英理に対してその忠告文は何度も届いたが、その度に反抗するように丸めて投げ捨てた。 今思うとそれは『管理人』からのだったのかもしれない。 いつかこうなるぞ、という。

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