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管理人と初めて顔を合わせたのは、確かここに引っ越して来た最初の日。 会話という会話はほとんどなく、軽く挨拶を交わした後ゴミ出しの日にちや場所を聞いただけだった。 年齢は四、五十代くらいだろうか? いや、もしかしたら三、四十代かもしれない。 特にこれといって特徴のないといった風貌。 顔をはっきりと覚えていなかったのは、男が終始猫背で俯向き加減だったからだろう。 声もぼそぼそと小さく、如何にも根暗で気弱そうなタイプ。 最初の印象はそんな感じだった。 だからまさかこんな風に英理を無理矢理連れ去り、監禁するような奴だなんて微塵も思ってなかったのだ。 それは今朝早くの事。 例の如く一晩中馬鹿騒ぎをした後、帰宅する友達を見送った英理の部屋に誰かが訪ねて来た。 ドアスコープから外を覗くと背中を丸めた中年の男がおどおどしながら立っているのが見える。 「誰?」 些か怪訝気味に訊ねると、すぐに「管理人です」と答えが返って来た。 いよいよ直接注意しに来たってわけか。 英理は眉を寄せると舌打ちをした。 確かに再三の忠告文はゴミのように扱っていたし、態度だって改めていない。 いずれこうやって直接訪ねてくるかもしれないとは何となく予想していた。 しかし英理は高を括っていた。 相手は気弱で地味で見るからに弱そうなおじさん。 注意といってもどうせそんなに強くは言えないタイプだろうし、万が一殴り合いかなんかに発展したとしてもあんな軟弱そうな男が英理に力で勝つなんて絶対にありえない、そう思っていたからだ。 「何の用?」 半ば強気で扉を開けると、そこには初めて見た時のままの印象で男が立っていた。 顔をまじまじと見るのは初めてだったが、やはり見るからに気弱そうなタイプ。 余裕で勝てる…そう思った瞬間(とき)だった。 男がいきなり英理の懐に飛び込んで来たかと思うと、強烈なボディブローをお見舞いして来たのだ。 予想だにしていなかった男の攻撃に不意を突かれた英理は、瞠目するとあっという間に膝から崩れ落ちる。 学生時代はヤンチャでちょっとした有名人だった英理。 喧嘩はしょっちゅうしていたし、腕っ節には自信がある方だった。 しかし、男のそれは今まで食らったことのないような鋭く重たい一撃だった。 しかも懐に入られる瞬間、姿を捉える事ができないほど俊敏な動きだった。 こいつ、素人じゃない。 咄嗟にそう思ったが、見事に入った打撃に目の前はチカチカするしまともに息をすることもできない。 すんでのところで嘔吐は堪えたが、気を抜くと内臓まで吐いてしまいそうになる。 「餓鬼のくせに随分ナメた真似するじゃないか」 男はこれまで聞いたことのないようなドスのきいた低い声を響かせると、踞る英理の金髪を掴み無理矢理持ち上げた。 プチプチと髪が数本抜ける音がして、英理の顔がますます苦痛に歪む。 「再三忠告してやったっていうのに、お前はそれを無視し続けた」 さっきまで生気を宿していなかった男の眼は恐ろしいほど見開き、英理をまるで虫けらでも見るかのような目つきで見下ろしている。 「団地の規律を乱す奴は許さない」 男はそう言うと、苦しみながらも必死に抵抗する英理を無理矢理抱えあげた。 そうして団地のどこかの一室に連れ込み英理の服を容赦なく剥ぎ取ると、手足を拘束したのだった。

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