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突然部屋の外から玄関の扉が開く音が聞こえて来て、英理(えいり)は思わず身体を強張らせた。 誰かが入ってくる気配がする。 あの男が帰って来たのかそれとも別の人物かはわからないが、鍵を外す音がした時点でもう英理を助けてくれる人物ではないと判断できる。 やはり自力でなんとかするしかない。 けれど英理はまだ具体的な方法を何一つ考えられていなかった。 半ばやけくそ気味に拘束された手足を揺すってみるが、どこもしっかりと固定されていて外れる気配など全くない。 冷や汗のようなものが背筋を伝い、次第に焦燥に駆られていく。 あいつは相当ヤバイ奴だ。 素人とは思えない重く鋭いパンチ、それに加えてあの豹変ぷり。 どう考えてもではない。 床を踏みしめる足音が近づいてくるたび心臓が騒ぎ、本能はしきりに警告音を鳴らしてくる。 しかし拘束された英理はどうすることもできず、ただひたすら男が入ってくるであろう場所を睨みつけることしかできなかった。 昔ながらの引き戸がガタガタと音を立てて開かれる。 そこに立っていたのはやはり管理人の男だった。 男は英理をチラリと横目で見ると、何も言わずに持っていた荷物を置き、床に何かを設置し始めた。 三脚が組み立てられ、その上にビデオカメラを設置するとそのレンズが裸の英理に向けられる。 ゾッとした。 まさか男は裸の英理の情けない姿をカメラに収めて、脅して報復にでもするつもりなのだろうか。 羞恥と怒りが沸々と込み上げてきて英理は血が滲むほど唇を噛みしめた。 「テメェ、何するつもりだ」 精一杯の嫌悪と憎悪を込めて男を睨みつけるが、(いき)り立つ英理とは反対に男は平然とした表情でカメラの位置を確認している。 「聞いてんのかおっさん!」 男が何も言わないことをいいことに、その背中に噛みつくように短気を起こす英理。 しかしカメラを設置し終えた男が無言でこちらに近づいてくると、英理はたちまちビクついた。 また殴られる…!! 反射的に身構えた英理だったが、飛んできたのは打撃ではなく一枚の紙だった。 瞠目する英理を冷ややかな眼差しで見下ろして、男はゾッとするほど穏やかな口調で命じてきた。 「読め。声に出して」 差し出されたA4サイズの用紙の(タイトル)には『誓約書』という文字が書かれており、その下には規約のような文章が箇条書きになって続いている。 ざっと目を通した英理は目を見開くと絶句した。 とてもじゃないが、読めるような内容のものではなかったからだ。 「早く読め」 促されて英理は顔を真っ赤にして激昂した。 「ふざけんなっ!!誰がこんな…!!」 「そうか、なら無理矢理読ませるまでだ」 男は淡々とした口調でそう言うと、無防備な英理の胸に手を這わせてきた。 恐ろしく冷たい男の手の感触に全身が一気に鳥肌を立てる。 「っ…触んなっ!!」 必死に抵抗しようとするが、拘束された金具がガチャガチャと煩い音を鳴らすばかりでなんの抗いにもならない。 男は英理の薄い滑らかな肌をひとしきり撫でると、唐突に胸の粒に触れてきた。 「やめ…んんっ!!」 身体がビクンと跳ね、思わず出そうになった声を必死に噛み殺す。 英理はそこの刺激にすこぶる弱い。 元々が敏感な体質というのもあるが、元夫の執拗な弄りによって散々開発させられた乳首はほんの少しの刺激にも弱いのだ。 指先で何度か弾かれると、刺激を受けた方の乳首がピンと尖る。 こんな男の手になんか反応したくないのに、英理の気持ちとは裏腹にそこは瞬く間にいやらしい形になって胸の上で色づいた。 男は英理が刺激に弱いことに気づいていているのか、すぐさま反対側の乳首にも手を伸ばしてきた。 「うぅっ…くそっ、やめろ!」 悪態を吐く英理に、男が片手に持った紙を揺らしながら押し付けてくる。 「読む気になったか」 「読むわけな…んうぅっ」 迷わず拒否した英理に罰を与えるかのように、男の指先が乳頭を摘み上げるとそのままクリクリと捏ねてきた。 ビリビリとした電流が背中を駆け抜け、英理は思わずのけ反ると小さく悲鳴をあげた。 情けないほど快楽に弱い肉体は男の手淫に確実に反応を示していく。 このままじゃ本当にまずい。 向けられるカメラは英理の痴態を余すことなく記録していて、きっと男はそれをネタにして英理をゆするつもりなのだ。 でもだからと言って突きつけられた誓約書の内容をとても読む気にはなれなかった。 あんなものを読んだらそれこそ男の思う壺になる。 「な、なぁ、悪かったよ。俺、反省してる。だから…もうやめてくれ」 情けないと思いながらも英理はついに反省を口にすると、縋るような眼差しを男に向けた。

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