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第10話(sideシャルおばあさん)
◇
──数時間後。
「アゼル、ほら。あーん」
「あっ!? あぁっあ、っこっ子供扱いすんじゃねぇぜ! おっ俺は誇り高い黒狼のアゼル様だぞこの野郎バカ野郎なんだこれパンなんて所詮穀物のクセに引くほどうめぇぞ奇跡か」
「ん……新しく考えたジャムだから、美味しければよかった。それにあーんは子供扱いじゃなくて、夫扱いなんだぞ?」
「おっ、あっ、ばっ馬鹿がぁぁぁぁぁ……!」
「ユリスゥ、俺もあーんしてくれよ。なァ~いいだろ? お前に食べさせて貰えりゃなんだって世界一の食い物になんだぜッ? マジだかんな?」
「ほら、世界一の食べ物だよ」
「うぶッこれ赤ずきんンンン……、……お? いい匂「そぎ落とすよこの恥知らずッッ!!」グハッ!」
「お腹切り裂いて石詰められたくなければ黙って食べてな馬鹿」
「むぐ、パン美味ェ。んん~愛してるぜユリスっ!」
「シャル、ちょっと裁ちバサミ借りるから」
「? あぁ、かまわない」
「頼むから構えや止めて頼むわ俺のエンジェルはマジでやるから」
鬼気迫るリューオに頼み込まれたシャルは、道具箱から裁ちバサミを取り出そうとするユリスが何をする気かは聞いていなかったのだが、その形相に静止の声を上げる。
舌打ちしながらハサミを戻したユリスに安堵の息を吐いたリューオが、ユリスの機嫌を取るために、彼の好きなジャムクッキーを引き寄せた。
そうしてまた夫婦漫才を繰り広げ始める二人に、ほわほわと和むシャル。
友人達が幸せだとシャルは嬉しくなるのだ。
「グルル……! 俺の嫁は人類の至高だろ……じゃなきゃおかしい、こんなにかわいい……結婚してからずっと俺の視界が綺麗なんだぜ……!」
「ん、アゼル。こっちをむいてくれ」
「ふん、なんだよ」
シャルは自分を膝に抱いて、立派な黒い尻尾をホコリが舞うほど忙しなく振っているアゼルの口端に、ジャムが付着しているのを見つける。
呼びかけると仏頂面で覗き込んできたアゼルに「ついてるぞ」と微笑みながら、それを指先で拭い、そのまま自分の口に入れてジャムを味わった。
「うん、かっこいいぞ」
チュ。
「…………」
それから意味はないが、目を見開いているアゼルの綺麗な口元へキスを落とす。
ジャム関係なく、これはただしたかっただけだ。
そうするとアゼルはシャルの首元へ痛いくらいにグリグリと鼻先を擦り付けて、声にならない悲鳴を上げた。うん、いつものことだ。
自分の挙動でどういう仕組みかはわからないが悶絶し始める狼さんには、すっかり慣れっこである。尻尾が高速で揺れているので嫌なわけではないのだ。
さて──どうしてこんなに仲良くランチタイムを楽しんでいるのかと言うと、なんのことはない。お互いの認識を噛み合せただけである。
すったもんだの末丸く収まったシャルとユリス達は、満場一致で空腹を訴え、三人と一匹でお見舞いのパンと葡萄酒を昼食に和気あいあいとすることにしたわけだ。
ユリス達は勘違いをしていたが、本日のシャルは健康そのもので、愛する狼と仲睦まじくいちゃついていただけだった。
二人が訪ねてくる前だ。
天気がいいので昼寝をしようとしていたら、森で暮らすアゼルが窓からのっそりと入ってきた。
彼が尻尾を振りながらシャルの隣を見つめるもので、無言のお強請りに負けて添い寝スペースを作ったために、健全にまどろむことにした森の夫夫。
そのうちにアゼルの森の仲間である銀トカゲのガドが、ユリス達の来訪を教えてくれた。
この結婚生活はアゼルの意向で秘密にしている。仲間達はそれをサポートしてくれているのだ。お礼はシャル手作りの甘いお菓子である。
しかしいつもなら人間に姿を見られるのを嫌うアゼルが、眠り足りないとダダを捏ねて時間稼ぎをするように命令をしたのが発端だ。
結局リューオの登場によってその時間稼ぎは失敗に終わったのだが……、結果がこの和気あいあいとしたランチタイムなら、素晴らしい大団円ではなかろうか。
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