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第11話(sideシャルおばあさん)
はんなりと微笑むシャルの項に鋭い牙が刺さらないように加減しながら甘く噛み付くアゼルも、ぐるぐると喉を鳴らして舐めたり吸ったり、すこぶる上機嫌だ。
「ぐるるるる……おいしい、しゃる、あぅぁぁ〜……」
「……ん?」
上機嫌。
はたと、シャルは今日という日を振り返っていた和やかな頭を、その緩まった鳴き声を聞いて冴え渡らせる。
名探偵シャルの視線は、この空間に散らばるいくつものヒントを的確に拾っていった。
まず、自分の腹部を撫でている尖った爪の左手がいつもより温かい。
それからテーブルに並べていたパンやクッキー、サンドイッチやカナッペの軽食の他に、ユリス持参の葡萄酒がボトルで二本。
そのうちの一本はさほど広くないテーブルの向かい側で、恋人とのイチャイチャを大いに満喫しているリューオの手にあった。
そしてリューオはボトルから各人のグラスに浮かれ調子でなみなみ注いでいる。所謂パーリーピーポーというやつだろう。
「……ふむ……」
いつの間にか自分のグラスにも真っ赤な葡萄酒がたっぷりと注がれているのを確認して、シャルはその近くにあるアゼルのグラスが、赤の名残を残して空になっているのを見つけた。
シャルは消えたもう一つのボトルの在り処を見極め、謎は全て解けたと頷く。
真実はいつも一つ。
振り返ればそこには、行方不明の葡萄酒のボトルを右手に持って、真っ赤な顔でへにゃりと笑いながら耳を垂らしているアゼルの姿があった。
「ん〜……? シャルぅ、どした……? ちゅーするかぁ……?」
「お水を飲もうな、アゼル」
うん。完全に酔っぱらいだ。
これはシャルしか知らなかったことなのだが……こちらのデレッデレの狼さんは、すこぶるお酒に弱いのであった。
大好きなシャルを膝に抱きかかえ手ずから食事を与えられ、更に今まで警戒していて仲良くなれなかったシャルの友人達ともテーブルを囲めて、ふわふわと浮かれるアゼル。
無警戒モードのアゼルがその勢いで葡萄酒が注がれたグラスを受け取り、カンパーイと飲み干したのだろう。グラス一杯でやられる最強の狼とは。
「あははははっ、ふ〜うぅ〜! 最っ高にいい気分だ〜! ほれ魔王うぇ〜い!」
「? かりゅうど、うぇ〜い」
ボトルを突き出してニッコニコで乾杯を求めるリューオに、アゼルは素直にボトルを突き出してカツンッとぶつけ合う。ボトル乾杯はいけない。
シャルはテーブルの水差しを手に取って、空のグラスにそっと注ぐ。
オラニャン代表であるリューオもすっかり酔っ払っているようで、初対面ではあんなに怒鳴りあっていたアゼルに、陽気な笑顔を振りまく。
普段は凶悪な人食い虎のようにワイルドな男なのに、底抜けに機嫌がいい。リューオは喜色満面。シャルはなるほどと友人の酔い方を悟った。
「ちょっともううぇ〜いじゃないよ! お前酔ったら鬱陶しいんだからそれ寄越してっ、僕が飲むから!」
「うっふふふっ! いやぁだぁ〜! ユリスぅほら口移ししてやる、あーんしてあーん。かわいいよ君かわいいね〜! 俺かわいいこ大好きマジ最高ぉ〜!」
「あぁん!? 知ってるよッ!」
踊りだしそうなリューオを止めようとしたユリスが、彼からボトルを無理矢理奪い取ってグッと飲む。ドンドン飲む。
しかしユリスは全く酔った様子がない。
誰よりも弱そうな赤ずきんちゃんが一番の酒豪だったとは。
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