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第✽話(sideシャルおばあさん)

「しゃる、どこみてる? 俺ここだぞ? おれここ、しゃる、こっち見ろよ、さみしい」 「んむ、」  ふむ、よかった。あっちの酔っぱらいは見た目を裏切ってザルだったユリスが、ツンツンしつつもどうにかしてくれそうだ。  そう安心するシャルの頬を、持っていたボトルを置いたらしいアゼルが覗き込みながら強引に引き寄せた。  いつもならツンとするのだが、今はペタリと厚みのあるフサフサの耳を垂らして、キュゥンと鳴きながら自分の方へ向けるアゼル。シャルの胸の奥がキュンとしてしまう。  だがここで負ければ、アルコール臭のする吐息が薄まることがない。  尻尾もしょんぼりと垂れ下がって控えめに揺れているが、どれほど愛らしくとも負けてはならない戦いなのだ。例えシャルがモフモフに弱くとも。  シャルは無飲酒にも関わらずほんのりと頬を紅潮させつつ、気を引き締めて体を動かし、アゼルの膝の上で向かい合わせになる。  向き合うことでしっかり迂闊だと言い聞かせ、テーブルから遠ざける魂胆だ。  真正面になったシャルを見て非常に嬉しそうにアゼルの尾が揺れ、寂しげな顔にデレりと緩まった笑みを浮かべる。こら、喜んでどうする。 「アゼル、お酒を飲んだらお前明日の朝、恥ずかしくなってベッドで団子になるだろう? もう飲まないって言っていたのに、今度は人前で飲んだのか。二日酔いになった所を猟師に撃たれたらどうするんだ、イケない狼さんめ」 「あぅっ、い、いたいじゃねぇかぁ、しゃる、なんで怒るんだよう……しゃる、好きだ、シャル、しゃるぅ、好きなのに、打った……しゃるが打った……っ!」 「う……ッ、お前のために、その、言っているんだぞ? うぅ、ごめんな、痛いか? アゼル、俺も好きだ。おいで、傷がないか見る」 「んん〜っふふ〜……優しいシャル、俺のシャル、なでられるの嬉しい、好きだぁ、好きー……んふふ〜」  ペチ、とシャルが軽く額を指先で叩くとさして痛みもないくせに、愛するシャルに打たれたと言うだけでメンタルに凹みを負ったアゼルが、こんなに好きなのになぜ怒るのだと訴える。  すると厳しくする心意気を持っていたのに胸打たれたシャルは、思いの外強くしてしまったのかと絆され、心配そうに額をなでた。  結果叱られるはずが頭を優しくなでられることになったアゼルが、ニマニマと嬉しそうに破顔し、しょげていた尾を軽快に振りだす。  この勝負、狼のKO勝ちだ。  シャルはご満悦のアゼルの額に傷が見当たらなかったので、ほっと胸をなでおろす。 「しゃる、すきだ、だいすきだー……」 「ん。ふふ、ダメだ、にやける。誤魔化されてしまう」  しゃる、しゃる、と甘えるアゼルのかわいさに、シャルは普段のアゼルと比べて癒されてしまった。  アゼルは結構意地悪なんだがな。  ライゼンが訪ねてきた日。  あの日はまだ昼間だというのに、夜のスイッチが入ってしまったアゼルがシャルをベッドに押し倒したおかげで、淫らな交わりの真っ最中だった。  狼である彼は一度すると終わるまで抜いてくれない上に、少々サドっ気がでる。  コンコン、とノックされているのがわかっているのに、シャルが返事を返そうとすると拗ねたように責め立てた。  そのせいで必死に堪えていても、口を開けば中のしこりを抉られる度に「ンっ」やら「ぁ、」やら絞り出すような嬌声がまじったのだ。  苦悶とも取れる音の返事を聞いたライゼンが、体調が悪いが頼るのが憚られて堪えているのでは? と勘違いをするのも致し方ない。  つまるところこの一連の騒動は、最中の訪問に臍を曲げたアゼルがわざと聞こえるように鳴かせたのが原因であった。  アゼルの存在が露呈したので話題がそちらに持って行かれて、どうにか説明しなくて済んだが……思い返せば困ったものだな。  シャルは自分に擦りついて甘えるアゼルに、呆れ顔で微笑む。  ふにゃふにゃと胸元に顔を埋めて鼻を鳴らす子犬。 「ぅぁ、しゃるすき、いいにおいする、シャル大好きだぁ……もっとギュってしろよう、噛みたい、キスしたい、ううー……」 『ほら、ちゃんと追い返さねぇと入ってきちまうぜ? 俺に抱かれてイクところ、人間に見せつけたいのか……? そんなの、噛み殺しちまう』  その子犬がねっとりと耳朶を舐めながらそんなことを言っていたのは、ちゃんと体も頭も覚えている。  のに、似ても似つかない現在の姿。  シャルは喉奥でクスリと笑う。  どちらもアゼルであり、そしてどちらもシャルの愛する狼であることに変わりはない。

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