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第✽話(sideシャルおばあさん)

 困った、けれど愛おしい狼を見つめて、不意に狼の出てくる物語を思い出した。  シャルの家の本棚には、童話がいくつか置いてある。  その中の一つに今日と似たような内容の話があったのだ。  確かタイトルは〝赤ずきん〟。  主人公は森に住む病気のおばあさんにパンと葡萄酒を届けてくるよう母親に頼まれた、赤ずきんという少女。  彼女は悪い狼に騙されて、寄り道をしてはいけないと言う言いつけを破り、おばあさんの為に綺麗な花を摘んで行こうと花畑に立ち寄る。  そしてその間にやってきた狼が赤ずきんになりすまし、おばあさんを食べてしまうのだ。  それに気が付かず赤ずきんがおばあさんのうちを訪ねると、そこにはおばあさんになりすました狼がいた。  狼は訝しむ赤ずきんを口八丁で油断させ、一口に食べてしまう。  お腹がいっぱいになった狼はその場で居眠りを始めるが、その大きな鼾を聞きつけた通りすがりの猟師がやってきて、狼のお腹の中からおばあさんと赤ずきんを助け出した。  狼はお腹に石を詰められ、身動きが取れなくなってしまい、一匹で取り残されて悪行を反省するというお話。  童話というのはなにかしら教訓を含んでいるもので、勧善懲悪はセオリーである。  生存戦線なのだから当然敗者にはしっぺ返しが待っているのだ。  それで然るべきで反論はないし否定する気持ちはない。  ──では、こんな話なら、どうだろう。  むかしむかしあるところに、赤ずきんという少年と仲のいいおばあさんがいました。  おばあさんは街の住人に、不便で恐ろしい森にひとりっきりで暮らしている大変な変わり者だ、と言われていました。  そんな変わり者のおばあさんと仲良くしてくれる人は、数えられるくらいしかいません。  ツンと澄ましているけれどいつも律儀にお父さんの手渡すずきんを被っている赤ずきんと、そのお父さん。  そして赤ずきんのことが大好きな銃の名手である猟師さんと、街のみんなの頼れる薬売りさん。  優しい友達はみんなおばあさんを気遣って、口々に「狼が出るから森は危険だよ、街へおいでよ」と誘ってくれました。  だけどおばあさんは、いつも笑みを浮かべて、ゆるりと首を横に振ります。  誰もが首を傾げて不思議がりました。  どうしておばあさんは子供でも辿り着ける場所に安全な街があるのに、一人森に住んでいたのでしょうか。  ひとりぼっちでは寂しいでしょう。友だちと一緒に街で暮らす方が、きっとずっと苦労もなく楽しく素敵な毎日が巡るはずです。  それなのに森で暮らすワケは。  もう、わかりますよね?  おばあさんがわざわざ不便で危険な森で暮らしているのは、ずっと一緒にいたいから。  いつもそばにいたいから。  あなたが訪ねてくるのを、ここで毎日、待っていたいから。  〝狼が出るから危ないよ〟  ──いいえ、だからこそ。  ねぇみなさん。  ある日訪ねてきたのが狼だとわかっていても、扉を開けるおばあさんがいるのかもしれませんよ?  そして自分を食べようとした狼があんまり寂しそうだったから、一人じゃなくて二人で食事をしようか、と手を伸ばしたのかもしれません。  お腹がいっぱいになったからお前を食べるのは今度にする、と言った狼が、それから毎日訪ねてくるようになったのかも。  そんな狼が愛しくて、そんな獲物が愛しくて。  だからおばあさんは、待ち遠しいまた明日を何度も繰り返していたくて、森に住んでいるのかもしれませんね。  愛する彼と共に生きているだけ。  森で暮らすワケは、それだけなのでしょう。

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