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第9話

 面食いのユリスが美形の魔王にあっさりほだされ許しを与えたことで、彼が暫定シャルおばあさんになってしまった。  にも関わらず、恋人を誑かされて激昂するリューオは僅かも譲らないので、一向に収集しない事態。  そのうちに気が合わなかった魔王とリューオがお互いにヒートアップして握りこぶしを振りかぶったその時──バサッと白い上掛けが跳ね上がった。 「なっなに!?」  突然視界を覆われ、遮られた目の前が真っ白になる三人。  ユリスがいち早くその白い上掛けを思い切り払いのける。  そうして晴れた視界には、魔王の下半身をまたぐように座り、相変わらずのんびりとした真顔じみた表情で親しみを持って片手を上げる男が一人。 「俺だ」 「「お前かッ!!」」 「シャルッ!? 隠れるって言ったじゃねぇか!」 「いや、お前とリューオが喧嘩をするとどちらにしろ大切な人が怪我をしてしまう。それは悲しいからな」 「あ、あぅぁぁ……っ」  ユリスとリューオのユニゾンツッコミを受け、魔王に焦ったように名を呼ばれ返答で秒殺ノックアウトしたその人物は、悩ましげに頷く。  そう。  彼こそが、このお使いの目的の人物でまごうことなき家主……シャルおばあさんであった。  何気なく告げられたシャルおばあさんの言葉に撃沈している魔王は、大切な人発言の余韻に浸るのに忙しそうだ。  おかげで結果的に口論が収束した。一撃必殺である。もっと早くに出てきてほしかったとユリスは切に思った。  とにもかくにもこれでこの茶番が終わる。  長かった。ここまで長かった。  全てをひっくり返せる男の登場により、実際より何倍にも重く感じる疲労が実ってようやくゴールにたどり着いたお見舞い。  ユリスは思わず拍手を送りたくなったくらいだ。  そんなユリスたちの視線を一身に受けるシャルおばあさんは、ハの字に眉を垂らして申し訳なさそうに「俺が悪かったんだ」と謝罪を口にする。 「実は間違って頭を出すべき役を逆にしてしまってな……もう一度俺が頭を出して、狼……アゼルが隠れてうまいことごまかしてみせるから、テイクスリーを貰ってもいいか?」 「「いいわけないだろ(でしょ)なにトンチキ言ってんだ(の)テメェ(お前)はぁぁあッ!?!?」」  全然だめだ。  茶番が、茶番が終わらない。  反射的に呼吸ぴったりで恋人と渾身のツッコミを入れながら、そういえばシャルおばあさんは素面でズレ気味のぶっとび発言をする男だったことを思い出す。  なんだそのきょとん顔は。これ以上のリテイクを許すわけがないだろう。  赤ずきんを呑気な顔に全力投球してやろうかと思ったがぐっと飲み下して、ユリスはリューオと一緒になって身を乗り出しことの次第を問い詰めた。 「シャルッ! テメェなンで狼と寝てんだッ!? コイツとどういう関係なんだよ殺すぞッ!?」 「ていうか何コレ結局食べられそうになってたの!? あと病気じゃないの!? ライゼンさんは嘘吐いたの!?」 「おぁ、わかったわかった、ちゃんと全部答えるから質問は少しずつにしてほしい。ええと、んん? ……ライゼンさん…………あっ、その時は丁度中に入っていたから、家の中に入られるわけにはいかなかっただけというか……後少しでイケたので、それどころではなかったというか……」 「はぁ!? 意味わかんないっ!」 「取り敢えず病気ではないので安心してほしい。ユリス達はお見舞いにきてくれたんだな……心配してくれてありがとう」 「しっ、心配なんかしてないよこの馬鹿っ! お父さんが頼むから仕方なく来ただけなんだからね!?」  怒涛の質問責めにたじろぎながらも、律儀に全部答えていくシャルおばあさん。  おばあさんに感謝されて照れてしまったユリスの照れ顔に、リューオが「俺の恋人が可愛すぎる」と大人しくなる。  大人しくなるというよりは怒りと混乱をときめきが塗り替えただけだ。 「それから食べられてはいないんだ。どういう関係かというと……この狼、アゼルと言うんだが彼はな、俺の旦那さんだ」 「「…………」」 「俺がこの森に住み続けているのは、アゼルがこの森の王なので森に嫁入りしたからだな。永久就職というやつだ」  ──しかしのんびりと告げられた言葉が、リューオのときめきとユリスの照れを、再度驚愕で塗り替えた瞬間がこちらである。  余談だが、彼らの会話の外で旦那さん宣言を聞いていた魔王が、満ち足りた微笑みを浮かべて無言のまま安らかに轟沈していたのだが……この森では日常茶飯事だということは、ユリス達の知る由もない話であった。

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