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第7話
──リューオとの出会いからしばらく後。
傍から見ればただの夫婦漫才を繰り広げた後、ユリスはリューオを連れて、再度止めた足を進めていた。
突然のマイペース銀トカゲの乱入で忘れていたが、おばあさんのうちへお見舞いに行く途中だったことを思い出したのだ。
ユリスが隙を見て抱き着こうとしてくるリューオに事情を説明すると、話を聞いたリューオはユリスについていくのだとダダをこね始めた。
馬鹿なの帰りなよと叱っても危険だから絶対についていくと断固譲らず、しぶしぶ二人でお見舞いに行くことになり今に至る。
道中手をつなごうとこっそり手を伸ばすリューオをサッサッとかわしつつ進んでいくと、今度は誰からも声をかけられることなく、おばあさんのうちへ到着した。
名の知れた猟師であるリューオが猟銃を持ってそばにいるので、流石に森の動物たちも時間稼ぎができなかったのだが……それは二人の知らない話だ。
いつも遊びに来る時と変わらずあるおばあさんの家は、木の柵で敷地を囲まれ畑や井戸もあり、一人で暮らしていくには困らない。
ユリスはそれとなく畑を見たが特に作物がしなびた様子もなく、なんなら庭で今日干したのだろう洗濯物がはためいている。うん、今日は洗濯日和だもんね。
しかしこの様子では、まるで病気になっているようには見えない。
これはどういうことか。
薬売りのライゼンは嘘をつく男ではないのだが……、ユリスは首をかしげつつも、取り敢えず扉をノックすることにした。
そんなユリスにリューオが待ったをかける。
「ちょっと、なにさ? ついてくるなら僕の言うことは絶対って言ったよね? わがまま言わないでさっさと見舞うんだよ」
「ちッちげぇって! なんか家の中から獣の気配がすんだよ。猟師の俺のカンは当たんだぜ。待ち伏せしている可能性を考えると……ここは奇襲を兼ねてノックしねぇで、一気に行った方がいい」
「獣……ふぅん……?」
すっと目を細めるユリスに慌てて事情を説明したリューオ。
彼の説明に、ユリスはなるほどと納得した。
「たまには役に立つじゃない」と最大限の褒め言葉を贈ると、リューオは無言でガッツポーズをしていた。黙っていても動きがうるさい。
特に中から戦っているような気配を感じないので、ユリスは扉に手をかけて隣のリューオに軽く頷いて見せた。彼は銃を構える。よし。
シャルおばあさんは皮肉屋のユリスの一番の友人だ。
どこのどいつか知らないが、友人の家へ入り込んだ獣は許さない。
深く息を吐いて、ユリスは勢いよく扉を開いた。
ガチャンッ!
「シャルッ!」
「「ン?」」
「え」「は」
──ん、だが……。
扉を開いたユリスはあれ? と予想していなかった光景にフリーズしてしまった。
ぱっと素早く銃を構えてユリスの隣に立っていたリューオも、三白眼を余計に見開いてぽかんとしている。
そんな二人の目に映っているのは、ベッドに横になってきょとんとするおばあさんと、なぜか彼を抱きしめて甘えるように首元にすりつく黒い狼──基、魔王。
これは……どういう状況だ。
病気のはずのおばあさんは、血色のよい精悍な顔をあどけなく崩し、ポカンと口を開けているし、人間の天敵である狼の魔王は唇をパクパクさせながら、ジワリと熟したリンゴのように頬を赤らめ始めている。
すこぶる意味がわからない。
そんな誰一人状況が理解できない中、いち早くこの硬化した空気に反応したのは、その魔王だった。
「……て、て……っ」
かぁっと耳まで赤くなり目を白黒させながらガバッと起き上がった魔王は、ビシッと出入り口にいる二人を指差して、森中に響きそうな大声で叫んだ。
「テイクツぅぅぅうぅぅぅぅううぅぅぅぅッッ!!」
「「!? はッはいッ!!」」
その渾身の大声につい反射的にバタンッ! と扉を閉めてしまったユリス達は、なにがなにやらわけがわからず、扉の前でお互いを見つめ合って目を瞬かせる。
だってどこのどいつが予想しているんだこんな展開。
病気のおばあさんにパンと葡萄酒を届けにきたら、本人は森の狼と添い寝して、しかもやたらなつかれているような距離感だったなんて。
そりゃあ言葉も出ないだろう。
ユリス達じゃなくともフリーズしたに決まってる。
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