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第18話
頭を下げて入室しにこやかな笑みを浮かべるライゼンさんは、向き合う俺達に近づいてきた。
「オーカワさん、我がボスからの要請を受け入れてくださいましたか?」
流暢な日本語でかけられた言葉。
その返事に俺は困ってしまい、眉を下げる。
ライゼンさんの会社、でいいのか……。
ともかくそれのボスであるらしい男は一言も話していないのだから、何か俺に要請があることも今知った。
もしかして、俺が異動になったのは営業か何かだったのか?
そして取引先の社長が彼で、その担当にされたのかもしれない。
一瞬そう考え、少し焦る。
営業は会社に入った頃三ヶ月ほどやらされただけで、その後人手の足りない制作部に入ったから、引き継ぎもされていない営業先の担当なんてできるわけがない。
にこやかに微笑むライゼンさんは、立ち上がろうとする俺を座ったままでと手で制する。
そうすると自然、上目遣いで情けない顔をせざるを得なかった。
「すみません、あれからまだ話をしていないものですから仕事の内容がわからず……こちらの方は御社の社長様と言うことでよろしいのでしょうか……?」
「えっ!?」
ライゼンさんは俺の言葉にバッと振り返り黙りこくっている男を見た。
驚愕しているその目は信じられないと言っている。
UMAでも見るような目付きだ。
それを受けた男は、どこか気まずそうにサッと顔を逸らした。
ふむ……。
夏休みの宿題を最終日になってもやっていないのがバレた、小学生だな。間違いない。
「……オーカワさん、私達は取引先ではありません。敬語はいらないので、どうかプライベートのような話口調でお願いします。その方がボスは喜ぶので……ええと、私がいなくなってからのボスの様子を教えていただいても?」
「っ? あぁ、ええと、それじゃあお言葉に甘える。……様子と言っても、ライゼンさんが俺をここに案内してくれてからずっと無言なんだ。怒らせてしまっていたなら、謝りたい」
「あぁぁ……! もう、本当に貴方様はお馬鹿様ですね……!?」
なんと、取引先ではなかった。
会社から異動だからここへ行けと言われたのに仕事が関係ないなんて、いったいどういうことだ。
驚く俺を尻目にライゼンさんは額に手を当てて嘆き、そっぽを向く男を手で指した。
「この方はこの度オーカワさんの勤めている会社の大株主となられました、マーカウィーファミリーのボス──アゼリディアス・ナイルゴウン様です」
「そうか。ボスか」
「はい。今回の要請ですが……オーカワさんにはボスのたっての希望で、ここでボスと一緒に暮らしていただきたい」
「そうか、暮らすのか。……ん?」
「はい。同棲してください」
──あぁ、取引先ではなく大株主。
だから会社も俺を差し出さずにはいられなかったのだろう。……じゃなくてだ。
聞き間違いでなければ、ファミリーと言っていた、よな?
もしかすれば彼らが家族でその大黒柱という意味なのかもしれないが、その線は薄いだろう。
「そうそう。日本語では違う意味かと思いますが、ファミリーと言うのは所謂マフィアですよ。そうですね……一応イタリアンマフィアに分類されます」
なんてこったい。
薄いじゃなく確実になった。
やっぱりマフィアのことだったのか。
おかしいと思っていたんだ、この眼光でダークスーツは堅気じゃないだろう。
ダーティな存在かもと思っていた。
それに彼はその後なんて言ったんだったか……確か〝同棲してください〟だったと思う。
なんてことだパートツー。
一般的に同棲の定義は、【結婚をしていない恋愛関係にある男女が共に生活すること】である。
……うん? なら大丈夫か。
俺も男も女性ではないので、男女関係はない。外国の人のニュアンスの違いだな。
一人ふむと頷き、チラリと男の様子を伺ってみる。
男はライゼンさんにグッジョブと言わんばかりに親指を立てていたが、ライゼンさんの返答は呆れ返った視線だけだ。
なるほど。
要請する内容を思うと、無言だったのは仕方ないかもしれないな。
なぜ俺を指名したのかはわからないが、初対面の男に同棲しようは言いにくいだろう。
つまるところ、ボスは人見知りらしい。
だからだろうか。
マフィアだが妙に親近感が湧き、恐怖心は湧かなかった。
まぁ、元々感情が麻痺しがちだから仕方がないのだがな。
俺は人見知りはしないが、口下手と言うか話ベタだ。
人付き合いが下手くそで、いつも割を食う。
頼まれ事を断るのも苦手なんだ。
あらゆる人に対してイエスマン。会社が相手なら、無条件降伏である。
「!」バッ
「?」
──不意に、ボスが俺を横目で見た。
そのせいで逆に見ていたのが本人にバレてしまったが、ボスは凄い勢いでそっぽを向く。
「……ボス?」
「本物が首を傾げている俺の目の前でコテンと首を傾げている可愛いぞどうしよう可愛い生推しのダイレクトアタックはハートに衝撃的過ぎる可愛いあぁぁ……! Che bello ! Come sei carina ! Grazie di esistere ……O-kawa 、sei il mio angelo ……」
「? ボス、大変申し訳ありません。お声が小さかったのと、私はイタリア語がわからないので、もう一度繰り返し願えますでしょうか?」
「っ、っ、っ〜〜!」
ええと……ボスは、そんなに照れ屋なのか?
凄い勢いで声のないまま唇をパカパカさせているんだが、こっちを見てもくれない。
んん、あまり話しかけたりしないほうがいいのかも。
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