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第19話【了】
しかしこれでようやく、俺を呼んだ理由を知れた。
受け入れてくれるかもなにも、大株主の要請で会社から行けと言われていることを、一社畜が断れるわけがない。
ここでノーと言える程反骨精神なんてないのだ。
なにかと草臥れきった流され体質の俺は、にべもなく頷いた。
その瞬間、そっぽを向いていたボスが素早くガッツポーズをする。
更に両腕を天に上げ、無言で勝利を称えるポーズを取った。
うん、楽しそうだな。
「ちなみに引っ越しやら生活費やら細かい諸問題については……?」
「ぐっ、ボスは本当に説明すら……ええと、引っ越しはうちの人手を出しますよ。兎に角オーカワさんは何一つ負担することはございません。詳しい資料はこちらに。後で目を通してくださいね」
「わかった」
ライゼンさんはおしゃれなガラステーブルに放置されていた資料の束を手渡してくれた。
あれは資料だったのか。
ずっと置いてあるがボスは手も触れなかったので、最早ライゼンさんと契約しているような気分だ。
「ボス! 人見知り発揮してないでいい加減なにか喋ってください、小一時間沈黙でも待っててくれて帰らなかったなんて奇跡ですよ? 日本の方は基本気を使う性分なので、初対面、無言、異国人はトリプル役満で卓割れです!」
「! ぅぐ……っ」
一人でなにやら浮かれているボスにライゼンさんが檄を飛ばすと、ボスは呻き声を上げてサッと組んでいた足を揃えた。
やはり人見知りだったらしい。
シャンと座り直したボスはチラチラと俺を伺い、面接に来た就活生のように姿勢良く座っている。
思っていたよりコミカルなマフィアのボスだな。
仕事である以上細かいことは見てみぬふりをし、ベストを尽くさなければならないので、ボスが親しみやすくてよかった。
俺はなるべく相手にも親しみを持ってもらえるように目を合わせて、真っ赤になってもごつくボスの言葉を待った。
「目っ、うぐぉ……ッ、ンンッ…………お、俺、俺も、敬語なし、お、俺、アゼル、と、呼べ! ……うっ、尊い……ッ」
「? ん、ええと、わかった……じゃあ普通に話をするな。俺は大河 勝流、よろしく。それから……もしかして、日本語が難しいか? なら英語でも大丈夫だ、簡単な日常会話なら話せるぞ」
「あぁぁぁぁ……ッッ!」
ボスンッ!
「うん!?」
赤面したまま途切れ途切れの言葉を胸を抑えつつ話すものだから、もしかして日本語がまだわからないのかもと思い、ボス──アゼルにその旨を伝える。
すると突然アゼルは両手で顔を押さえて、ソファーに倒れ込んでしまった。
なんでだ。
驚いて目を見開いてしまう。
俺はただ安心させようとなるべく優しく、できるだけ笑顔で返事をしただけなんだが……!
『ご、ごめんな、そうか日本語難しいな。俺は親しい人にはあだ名でシャルと呼ばれていたから、外国名っぽいし二人共そっちで呼んでくれてもいい』
「! しっ、親しい……!? シャル……!?」
『うん、シャルでいいぞ』
「んん゛ん゛んッ……!」
日本語がだめなのかと思って今度はちゃんと英語で言って笑ってみたが、アゼルはソファーの上でゴロゴロと揺れ始めた。
これはどっちだ、正解か。
そうかもしかして、震えてしまう病気なのだろうか。どうしよう……ッ。
病気だったら大変だとオロオロとしていると、隣にいたライゼンさんが優しく俺の肩をポンと叩く。
「ら、ライゼンさん、アゼルはどうしてしまったのだろう……? 人見知りではなく、日本語ノイローゼだったから話せなかったのかもしれない……!」
「大丈夫です、シャルさん。これいつもの発作です」
「いつもの? ……いつもこうなのか?」
ええ! と投げやりな笑顔で親指を立てたライゼンさん。すごく慣れている。
こんな状態のアゼルに慣れると言うのはどんないつもなんだ。
「笑顔が」「親しい呼び名」「本人降臨」「今日は記念日」などと謎のうわ言を呟きながら悶えるアゼルは、せっかくキマったダークスーツを皺くちゃにして足をバタつかせ始めた。
そうなるともう俺はぽかんとして眉を垂らし、存分に悶えてもらうしかない。
──まさか異動させられたかと思ったら、定期的にこうなるマフィアと共同生活することになるとは。
不思議と嫌悪感も恐怖心も沸かないが、これからの生活に多少の不安を覚える俺だった。
やれやれ。
社会人というのは、大変だな。
第一話 了
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