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7.現代版・本日のディナーは社畜さんです。②

『──と言うわけだから、大河はそのままできる限り機嫌を損ねないよう! 絶対に粗相をしないで、平穏無事にボスが道楽に飽きるまでそこで暮らせ! 常識が通じる相手じゃないし、俺も詳しくは上から知らされてないが……人間どころか、会社を丸ごと消すことすら容易な連中らしい。くれぐれも会社を巻き込むような、余計な失態はするなよ。いいな?』 「……はい、承知しました」  肯定を返した途端、ブチッと素っ気ない音がして通話が切れる。  俺はようやく詰めていた息を吐き出し、スマホの画面をスリープにした。  通話の相手は、かつての上司だ。  昨日起こった出来事の裏付けのために一応の確認を取ったわけだが、返事はあの通り。  上司が上から聞かされていたことは、契約書の大まかな内容とそれほど相違なかった。  結局は、アゼルたちの組織が全貌の見えないほどに強大だということ。  そしてそのボスであるアゼルが日本へやってきて、どうしたことか一介の社畜である俺を同居人に選んだ、ということ。  会社は穏便にことを済ませるために、俺を人身御供として差し出したのだ。  ちっとも理由に覚えがないが、ソファーに座り、手持ち無沙汰にコーヒーを飲む。  昨日貰った資料を読み込んだ結果、契約内容はそれなりにシンプルだとわかった。  どうやら問題が起これば、その都度新しい決め事をするようだ。 (ん……妙に俺の自由を尊重してくれている様に思うな……)  飲むのが癖になっているブラックコーヒーを味わいつつ、しみじみと頷く。  ただの会社の駒でしかない俺を気遣うなんて、変わった契約だ。  気遣われたのは、久しぶりだった。 「……書面でも、ちょっと嬉しいな」  俺を個人として尊重してくれているのがわかって、少しほっこりとする。  契約内容は最低限暗記した。  一つ。俺はアゼルと共に、あのマンションに住むこと。それに当たって、俺があの部屋へ引っ越すこと。  引っ越し料とこちらの俺の部屋の維持費は、あちらが持ってくれるそうだ。  俺は日本に不慣れなアゼルのサポートとして、アゼルと対等な同居人であればいい。  二つ。アゼルの仕事を深く詮索しないこと。  アゼルは仕事で外に出ることもあるが、基本的には自分の部屋で、どうしても処理しなければならないことをするらしい。  アゼルが自主的に語った場合や、世間話程度の質問なら大丈夫みたいだ。  知ってしまうと、保証はできないと書いてあった。なんの保証だろうか。  三つ。給料はこれまでどおりの基本給プラス、手当てが支給される。  それらはもちろん自由に使って構わないが、足りないようなら別途アゼルに言うこと。必ず言うこと。  やけに念押しされてある。  特別手当ては、マーカウィーファミリーが出しているらしい。  詳しい額は書いていないが、いくらでも構わないか。  残業代や特別手当なんてないのが当たり前だったから、あまり気にしていない。  四つ。外出時は必ず携帯のGPSをオンにして、こちらが用意する護衛を連れていくこと。拒否権なし。  これはよくわからないが、契約を放り出して逃げ出すかもしれないからかな。 (ということは……逃げるようなことをされるのか? できれば痛くしないでほしいな……)  ふーむ、と考える。  痛いことも我慢はできるけれど、進んでされるのはいやだ。  五つ。この契約の期間は現在、未定。  終了は俺が会社を辞めることになるか、アゼルがもういいと思うかの、どちらかである。  それ以外の理由で続行できない場合は要相談だが、基本的に上記のみ。  んん、これだとこの謎の同居生活は、案外早く終わるかもしれないぞ。  自慢じゃないが、俺は面白みがないからな。アゼルはすぐに飽きる筈だ。  形式ばった細かいことはおいておいて、簡単に内容を纏めると、こうだ。  シンプルだろう?  仕事を頼まれるとも書いていないから、かなり高待遇だと思う。 「ふぅ……さてと、頑張ろう」  カチャ、とコーヒーカップをテーブルに置き、契約書をカバンにしまった。  そろそろ迎えが来る時間だ。  迎えと一緒に、あのマンションへ向かう段取りなのである。  今の俺はスーツを着て、菓子折りを用意し、待機中だ。  旅行用のキャリーバッグにいくらかの衣類と好きな本、普段使っている小物類を入れて、準備も万端。  消耗品や食器はかさばるので、もしなければ買い直すことにしたんだ。  使う時間がないからな。  貯金はそれなりにあるぞ。  まぁ俺は物欲があまりないので、元々物が少ないというのもあった。  自分に買うより、誰かに贈り物をするほうが好きだったりする。  ちなみにアゼルへの菓子折りは、有名店のクッキー詰め合わせである。  あの部屋にはティーセットがあったので、紅茶を嗜む人なら茶菓子がいいかと思ったんだ。  長くなったが、というわけで。  俺はいつでも出陣できる状態だ。  どんとこいな構えで待っていると、丁度いいタイミングでピンポーン、と軽い音が届いた。  待ち人が来たみたいだな。 「ん……マフィアと同居、まぁ大丈夫だ。仕事だからな」  ──仕事なら必ずやらないとダメだ。  そして仕事ならできるできない関係なく、なんとしてもやるのだ。それが俺だ。  カップを洗浄機に入れて忘れ物がないかを確認してから、俺はキャリーバッグを引いて玄関に向かった。

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