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第21話
キャリーケースを引いて、玄関のドアをガチャ、と開く。
「Good morning! シャルゥ?」
「Good morning。そして誰だ?」
そこには見覚えのない男が一人、のんびりと陽気に挨拶をしながら、手を振っていた。
銀色の短めの髪に、アメジスト色の切れ長の瞳。
そして見上げるほど大きな体を持ち、真っ黒スーツを身にまとった男。
ワイルドながら上品そうな堀の深い美形で、歳は二十代……だと思う。
三十代にも見ようと思えば見れるが、にやりとした笑みが大人びてはいないので、少し無理がある。
どちらかというと子供のようだ。
表情のせいだろう。
てっきりライゼンさんがやってくると思っていたのに知らない男が現れて、俺はキョトンとして首を傾げた。
大丈夫。見るからにマフィアなので、そこの関係性は間違ってないはずだ。
「俺、ガド。ガードヴァイン・シルヴァリウス。そう歳も変わらねぇから、敬語もいらねェよ。ま、そうだなァ……ボスの信頼できる部下の中で一番腕っぷしが強いから、お前の護衛になった。ガオウッ」
「がおう。……うん、そうか。俺は大河 勝流、シャルでいい。よろしくな、ガド」
「くしし、よろしくゥ」
吠えると同時に両手を上げて脅かしてきた男──ガドは、目をぱちくりとして手を差し出す俺と、楽しそうに握手をした。
振りすぎてブンブンと音が鳴っている。
ん、またキャラの濃い人物が出てきたな。
もしかして、マーカウィーファミリーは変わり者しか入れない掟でもあるのだろうか。
真剣にそんなことを考えつつ手を引かれるままに、住み慣れた部屋を出た。
ガドに連れられアパートの下へ降りて行くと、そこには黒塗りの外車が堂々と横たわっていた。
特徴的なエンブレムが目について、瞬きを三回繰り返す。
(あぁ、これは……あれだな。いわゆる、その……メルセデス・ベンツ……)
ヤのつく自由業の方々の御用達。
乗るのは初めてだ。
ガドは俺の荷物をポイッと乱雑に後部座席に乗せて、その後に俺本体もさっさと詰め込まれる。
人を荷物のように扱うあたり、やはり大胆不敵な男だ。
なんとか座席についたところで、息を吐く。
「乗り心地はどうでィ? シャァル」
「お、っと」
しかし不意にガドが開けた扉から覆いかぶさり、グッと距離を詰めた。
彫りの深い綺麗な顔をぐっと近づけ、観察するように目を細める。
「日本人はマフィアと言えばベンツなんだろォ? 俺たちはボスの意向でお前の為に、みんな日本の勉強をしたんだぜ? 俺の話 もなかなかのもんだ。勉強の為に映画を見た、日本の裏世界」
「そうなのか……」
「シャル。お前の為に、ボスはなんでもやらせるんだ」
俺を射抜くのは、蛇のような目だ。
扉に手をかけ、口元は笑っているのに彼は威嚇している。
唾を飲み込むのすら躊躇した。
心臓の鼓動が早まるような緊張を、強制的に与えられている。
おそらくガドは勉強させられたことから、なぜかアゼルが俺の為になんでもすると勘違いしているのだ。
そして、そんなアゼルに下手なことはするなよと、釘を差している。
ガドは見ず知らずの俺から、大事なボスを守ろうとしていた。
不思議と敵意は感じないから、ただの注意なんだろう。
その気持ちには、答えないといけない。
「!」
俺はジッとガドの目を見つめ返した後──彼の頭にそっと手を伸ばし、銀の髪を警戒されないように優しくなでた。
それからできるかぎり安心してほしくて、口元をゆるめる。
「ん、大丈夫だ。アゼルがどうして俺を同居人に選んでくれたのかは、わからないが……そうして気遣ってくれるお前の大事なボスを、粗末に扱うことはない。誓うぞ」
「大丈夫? 威嚇、わかってんのに嫌じゃねェの?」
「? 全然。俺を威嚇するのは、当たり前じゃないか? 嫌だなんて思っていない。……ガドは優しい。アゼルがガドを信頼している理由が、よくわかる」
「……ククク、変な日本人……ン〜……もっとなでてくれよ、シャル。お前なでるのうまいな」
「構わないが、ガドは自由だな」
その結果、俺の護衛はマイペースで自由人ということが判明した。
どうしてかやけに機嫌が良くなったガドは、警戒を弛めてくれたようだ。
さぁなでろもっとなでろと、出発前に思う存分頭をなでさせられた俺である。
(ううん、マフィアというのは、こんなにみんな人懐こいものなのかな……)
ボスがシャイで不器用な人見知り。
その側近らしいライゼンさんは、気遣いのできる大人な美人。
そして散々なでなでを受けて上機嫌に運転席に乗り込み、意気揚々と発車するガドが、爬虫類じみた破天荒男。
もっと殺伐としていて、迂闊に触れたら殺されそうな集団だと思っていた。
けれど実際のマフィアは、実にハートフルな親しみやすい集団だったらしい。
誤解していたみたいだ。
マフィアはハートフル。認識を改めねば。
「ちなみに俺は保安部門の戦闘部隊、隊長 だ。舞う死 って呼ばれてる。生半可な敵ならバンバンッ! お前を襲う馬鹿は、木っ端微塵だぜェ〜」
「ば、ばんばん……」
俺が悪かった。誤解ではない。
マンションへの道を強烈なハンドルさばきで駆け抜ける暴走ベンツの中で、俺はぐったりしながら衝撃発言に考えを改めた。
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