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第24話(sideアゼル)

 ──マーカウィーファミリー。  それは裏世界で最も恐れられ、決して敵に回すべからずとされる、武闘派マフィアだ。  発祥地がイタリアだからイタリアンマフィアに分類されるが、実際は国籍なんてあってないようなもの。  出身国はおろか、故郷の有無すら関係ない。  様々な人種が一緒くたに煮込まれた、毒の闇鍋である。  マ族と呼ばれる構成員たちは、皆個々の戦闘力が高い。  頭脳でも腕っぷしでも実力が物差しである、他は全て無為な世界だ。  俺たちマフィアは、世間様に悪とされる行為も平然と熟す。  順当なみかじめや縄張りの治安維持から、武器密売、マネーロンダリング、金貸し。  私設銀行やカジノ。  名のしれた企業運営まで、表の皮から裏の肉。  昔は人身売買なんかもしていたが……現在はそれから手を引いている。  優しいからではなく、うちのファミリーは強い奴をねじ伏せるのが好きなのだ。  弱い子供に手をかけるのは面白くないと考える、バトルジャンキーばかりなだけである。  アウトローを生きるが、その代わりマフィアは決して家族を裏切らない。  一度盃を交わしたら、子は親に絶対服従。  親は子を守る。  家族以外の全てを敵に回し、悪だなんだと蔑まれながらも挟持を持って、裏道を歩んでいるのだ。  それがマフィア、マーカウィーファミリー。  そしてその今代ボスが俺──アゼリディアス・ナイルゴウンである。 「チクショウ。お掃除ロボの野郎なんか、信用できるかよ。どうせ角のほうや段差はなかったことにしてんだろ?」  どう見ても、間違いなくだ。  仕事を終えて充電しているお掃除ロボを睨みつけ、不信感から威嚇する。  二時間かけて選びビシッと完璧にキメた服装で、そわそわと掃除機をひっぱり出しているこの俺が。  嘘偽りなく、マーカウィーファミリーボスだと言ってるだろうが。  グルルと唸りながら、使ったことなんかない掃除機を手に、ガシャガシャと引きずる。  ホコリ一つ許せない眼光で床を居抜き、緊張と期待で胸をドキドキバクバクとさせ、忙しない。  止まらない胸の高鳴りの原因は、たった一人のアンジェロ・ジャポネーゼ。  なにを隠そう、今日は愛しのオーカワショーリュー、もといシャル(親しいからな、親しい俺の呼び名だからな)との同棲初日なのだ。  俺は神聖な記念日に相応しい清浄空間を作るべく、朝からハウスクリーニングを呼び出した。  しかしいくらやっても足りない気がして、お掃除ロボを稼働させたのである。  今か? もちろん、それでも足りない気がして自分でやろうとしているところだぜ。  なんか文句があんのか。  天使が降臨するって言ってんだぞ。  俺くらいになると、シャルが部屋にやってくると思うだけでドキドキと心臓が悶絶する。  高いマンションを丸ごと買って、一番イイ部屋にイイ家具や雑貨を揃えた。  日本どころか一般的な普通すらわからない俺なので、兎に角外さないように。  命を担保にする稼業。  金だけは有り余っているので、一通り安牌を揃えた。  でも安心はできない。  シャルは変だと思わなかっただろうか。  センスが最悪だなんて思われたら、生きていけねぇ。俺は死ぬ。世界なんか滅べばいい。  いやダメだ。シャルが生きている世界はそれだけで価値がある。  そうだ、この世界を楽園と呼ぼう。これから毎日が桃色だぜ。Paradiso rosa(桃色の楽園だ)!  無駄に広々としたリビングのどこかにあるはずのコンセントを探して、伸ばしたコードを手に、ウロウロと浮かれたスキップで彷徨う。  いい歳した大人の男がたった一人の人間を出迎えるってだけで、この体たらく。  こんなこと、俺のなにかが狂っている。  ふふん。随分前にたった一度出会って底抜けの明るさで包み込んでくれて以来、俺の唯一無二のアイドルであるシャルは魔性の男だぜ。  だけどこう言う血なまぐさい生活とは無縁の、慣れないポカポカとした興奮。 (なかなか、ちっとも悪くねぇ……ふふん)  偶にさり気なく配備していた部下にシャルの隠し撮りをさせ、それを編集したスペシャルなDVDを大画面鑑賞している時とは、また違った興奮だな。  犯罪? なんとでも言え。  俺はマフィアのボスだぜ?  ルールなんか俺が作る。  この世の全てがシャルを愛するルールにしよう。

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