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第27話(sideアゼル)【了】
「おはよう、アゼ…」
「…………」
だがそんな祈りも虚しく。
シャルはのんびりと挨拶をしながら、リビングのドアを開いてやってきてしまった。
しんどい。
「? ……、……?」
部屋の惨状に絶句するシャルだが、今はなにを言われても俺は死ぬ。
ではシャルが声を発する前に、俺はまず華麗でベリッシモな言い訳をせねばならない。
そして奇跡的生還を遂げれば、俺の同棲生活はバラ色だろう。
この世の終わりのような表情でシャルを見つめた俺は、そう考え、カッと目を見開く。
──が。
「…………」
全ての言い訳を忘れて、やっと鮮明に映った目の前の光景に、囚われた。
瞬きを一つすると、打って変わって収めた筈のベルトのナイフにそっと手をかける。
傍目にはベルトに触れているだけにしか見えないが、俺をよく知るターゲットには、攻撃態勢だとわかる筈だ。
まるで散歩でもするように、ゆっくりと歩いてシャルに近づく。
そして警戒されない自然な動作で──素早く、頚動脈へナイフを突きつけた。
「!? っと、」
「…………」
「ククッ! なぁンだよ〜、ボス」
俺の攻撃にギリギリで気がついたターゲットは、すぐに手を弾き捻りあげようとする。
それを逆に掴み取って引っ張りだし、押さえつけると、ニヤニヤと楽しそうに首を傾げた。
流石俺の信頼するカポデチーナの筆頭、と言ってやってもいいが、今だけはどうしたって褒められない。
……このバトルジャンキーが。
なんだよじゃねぇ。
「ガド、俺より先にシャルを抱きしめてんじゃねぇよ、削ぎ落とすぞ……!」
「ぶっ、それで切りかかってきたのかァ。クククク……ッ! あいよォ〜」
──当たり前だろうが!
俺だってまだ指一本触れていないのに、それがまさか初対面のガドが、こう、のっしりと……! のっしりと……!
うらやまけしからんじゃなくて、ボスの物に手ェだすんじゃねえよッ!
「これからシャルも大変だなァ……」
耳を近づけて小声で囁き睨む俺に、ガドは愉快そうに笑う。
そして横目でシャルをチラ見し、やれやれと息を吐いた。
「?? ん……? いつの間にお前たち、ハグをしていたんだ?」
ガドに横目で見られても、シャルは状況がよくわかっていない。
近づいたと思ったら至近距離で相対している俺たちに、キョトンとする。
殺伐とした内情を知らないで、元々の気性なのかのんびりと動じず、ハグなんてかわいいものだと勘違いしている。
なんだその反応は。むしろお前がスペシャルかわいい。最高だ。
二度目のシャルをこのまま観察し尽くして、どうにか仲良くなりたい。
が、ずるい、羨ましい、そこ変われ! の感情が、先に出てしまったのだ。
ガルルル、と唸り声を上げて、ガドを威嚇する。
部屋の惨状を隠蔽して片付けるより──シャルの肩に乗っかるガドの光景を打ち消すのが重要。
思わずいの一番に飛び出した俺である。
こんな俺とこんなシャルとの同棲生活は、始まる前から前途多難であった。
第ニ話 了
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