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8.現代版・本日のディナーは社畜さんです。③

 今日でマフィアのボスと暮らし始めて、丁度一ヶ月が経った。  ん? 早い?  仕方がないんだ。  その理由は、これからすぐにでもわかる。  当初、平和な日本に暮らす日本人である俺は、多少なりとも緊張や不安があった。  認識を改めてもマフィアと暮らすなんてドラマチックな展開は、ダークな香りがする。  もしかしたら、敵対組織から襲撃を受けたりしてな?  アゼルと共に、スリリングな脱走劇を繰り広げなければいけないのかも、とか。  ハートフルマフィアに見えるマーカウィーファミリーが、実は俺を売り捌く悪の組織でな?  ある日突然身ぐるみ剥がされ、売られてしまうのでは、とか。  最終的にド派手なカーチェイスでもするハメになって、間一髪、海に飛び込み生き残るのだ。  その他いろいろ、俺は頭をかなり突飛な想像で埋め尽くした。  だがどういうわけか、なんの襲撃もない。  むしろ初日にガドとなんだか膠着状態、らしかったハグを最後に、アゼルはちっともマフィアを滲ませない様な動きをしている。  平和そのもので、銃声一発響かない。  日々穏やかで、つい腑抜けてしまうくらいだ。  となれば、後はアゼル本人となにかしら揉めたり、仲良くなったり、俺を選んだ目的を果たされるのかと思った。  が、こちらも不発。  なんと言うんだろう……。  アゼルはまず俺を警戒一色で、野生動物の様にそーっと何事も挙動を起こすのだ。  逆ならわかる。  逆ならわかるのに、アゼル側が俺を警戒している。  おかげでちっとも仲良くなれていない。  どうしてあんなに警戒しているのだろうか。 「うぅん……俺はなにかしてしまったのだろうか。それとも思っていたより人相が悪いのかも……」  むにゅむにゅと頬を伸ばしたりしてみる。変化はないと思う。  考え事をしながらも、料理の手は止めない。  フライパンを手首のスナップを利かせて振り、綺麗な黄色のオムレツをくるりと回転させる。  今日はチーズとほうれん草入り。  オムレツは楽しいのだ。  朝日の差し込む現在は、朝の七時である。  仕事がなくても習慣で五時半に起きる俺は、起きてから静かにストレッチをする。  そして家中の観葉植物に水をやり、受け皿を交換して、時たま日光に当たるよう場所を変える。  それから朝食を作るのだ。  ちなみにお菓子を作るのは好きだが、料理は特別うまくもない。  下手くそでもない、無難な仕上がりだ。  仕事が忙しいと、つい携帯食料に頼ってしまっていたからな。  もちろん二人分作るぞ。  アゼルは美味しいと言ったことはないが、残したことも食べなかったこともない。  いつも部屋に持っていくのだが、必ずお米一粒残さず空っぽにして出てくる。  この間のオムライスは失敗して、チキンライスがべっちょりと固まってしまった。  それでもやっぱり残さず食べてくれた。  申し訳ないが、嬉しい。つい気分が上がってしまう。  アゼルが食事のお残しをしないのは、育ちがいいのだろうな。うんうん。

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