30 / 52
8.現代版・本日のディナーは社畜さんです。③
今日でマフィアのボスと暮らし始めて、丁度一ヶ月が経った。
ん? 早い?
仕方がないんだ。
その理由は、これからすぐにでもわかる。
当初、平和な日本に暮らす日本人である俺は、多少なりとも緊張や不安があった。
認識を改めてもマフィアと暮らすなんてドラマチックな展開は、ダークな香りがする。
もしかしたら、敵対組織から襲撃を受けたりしてな?
アゼルと共に、スリリングな脱走劇を繰り広げなければいけないのかも、とか。
ハートフルマフィアに見えるマーカウィーファミリーが、実は俺を売り捌く悪の組織でな?
ある日突然身ぐるみ剥がされ、売られてしまうのでは、とか。
最終的にド派手なカーチェイスでもするハメになって、間一髪、海に飛び込み生き残るのだ。
その他いろいろ、俺は頭をかなり突飛な想像で埋め尽くした。
だがどういうわけか、なんの襲撃もない。
むしろ初日にガドとなんだか膠着状態、らしかったハグを最後に、アゼルはちっともマフィアを滲ませない様な動きをしている。
平和そのもので、銃声一発響かない。
日々穏やかで、つい腑抜けてしまうくらいだ。
となれば、後はアゼル本人となにかしら揉めたり、仲良くなったり、俺を選んだ目的を果たされるのかと思った。
が、こちらも不発。
なんと言うんだろう……。
アゼルはまず俺を警戒一色で、野生動物の様にそーっと何事も挙動を起こすのだ。
逆ならわかる。
逆ならわかるのに、アゼル側が俺を警戒している。
おかげでちっとも仲良くなれていない。
どうしてあんなに警戒しているのだろうか。
「うぅん……俺はなにかしてしまったのだろうか。それとも思っていたより人相が悪いのかも……」
むにゅむにゅと頬を伸ばしたりしてみる。変化はないと思う。
考え事をしながらも、料理の手は止めない。
フライパンを手首のスナップを利かせて振り、綺麗な黄色のオムレツをくるりと回転させる。
今日はチーズとほうれん草入り。
オムレツは楽しいのだ。
朝日の差し込む現在は、朝の七時である。
仕事がなくても習慣で五時半に起きる俺は、起きてから静かにストレッチをする。
そして家中の観葉植物に水をやり、受け皿を交換して、時たま日光に当たるよう場所を変える。
それから朝食を作るのだ。
ちなみにお菓子を作るのは好きだが、料理は特別うまくもない。
下手くそでもない、無難な仕上がりだ。
仕事が忙しいと、つい携帯食料に頼ってしまっていたからな。
もちろん二人分作るぞ。
アゼルは美味しいと言ったことはないが、残したことも食べなかったこともない。
いつも部屋に持っていくのだが、必ずお米一粒残さず空っぽにして出てくる。
この間のオムライスは失敗して、チキンライスがべっちょりと固まってしまった。
それでもやっぱり残さず食べてくれた。
申し訳ないが、嬉しい。つい気分が上がってしまう。
アゼルが食事のお残しをしないのは、育ちがいいのだろうな。うんうん。
ともだちにシェアしよう!