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第29話

 キッチン用品も一通りいいものが揃っているこのマンション。  エプロンも置いてあったので、俺はソレをつけて料理をする毎日だ。  フリフリの白いエプロンと紺のH型エプロンの二枚だった。一択だったぞ。 「よ、っと」  焼きあがったオムレツをプレートに乗せて、一緒に焼いていたソーセージを添えた。  温野菜のサラダも用意する。  栄養バランスは大切だ。  カットしたオレンジと、時間があったので一週間前から作ってみている自家製ヨーグルトを、ガラスの器に入れた。  そうしていると背後でピー、と電子音が聞こえ、待ってましたと振り返る。  オーブンから取り出し、木製の皿に焼きたてのバターロールを置いた。  ふふふ、ホームベーカリーもあったんだ。  夜の間に生地をこねて発酵してもらえれば、朝はバターを巻いて焼くだけで、焼きたてパンが食べられる。素晴らしい。  残念ながらそっと添えたコーンスープは某社のインスタントだが、ミルクで作れば濃厚で美味しい。  春も過ぎて夏の境目の今日この頃。  暑くなったら、頑張ってフルーツジュースを作ってみよう。  追い出されていなければだが。 「よし、今日はうまくできたぞ」  満足げに頷いてから、完成したそれらを冷めないうちにお盆に乗せて、テーブルに配置。  それからいざ決戦の地へ。  一人分の食事が乗ったお盆を持ち、エプロン姿のまま、スリッパをパタパタ鳴らして廊下を歩く。  目的地はアゼルの寝室だ。  仕事部屋の書斎は別にあるぞ。  部屋が余っているくらいだからな。  廊下を歩いて大きな窓から差し込む光と、それを浴びるプチ螺旋階段を上る。  アゼルの寝室にたどり着くと、コンコンコン、と控えめに扉をノックした。 「グッドモーニング。おはよう、アゼル。朝だぞ。起きているか?」 「…………」 「? まだ寝ているのかもしれないな……よし」  食事ができたら呼びに行くのが毎朝の恒例なのだが、案の定、中から返事がないので奥、の手を使うことにした。  アゼルはどうやら、朝に弱いみたいだ。  俺は部屋に入らないよう言われているので、起こすには電話をかけるしかない。  ライゼンさんから教えてもらっていたアゼルの番号は、もっぱらこれにしか使わないのだ。  モーニングコールというやつだな。  目覚まし時計の代わりだろう。  トト、と画面をタップして履歴から呼び出し、耳に当てる。  プルガチャ。 『な、なんだ』 「おお、早いな相変わらず」  お馴染みの電子音が聞こえたとほぼ同時に、すっかり聴き慣れたアゼルの声が聞こえた。  少し上ずっているのは、寝起きだからだろう。マフィアのボス、すごいんだ。  たぶん着信音が鳴った途端、起きる訓練をしているんだと思う。  アウトローな人はそういうイメージがある。  毎回のことだが、俺はこの反応速度に、初めはとても驚いたのだ。  あれだ、気配で起きるとか、そういうやつだ。忍者みたいでカッコイイ。

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