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第30話

「おはよう、アゼル。朝だぞ。食事を持ってきたのだが……手が離せないから、扉を開けてくれないか?」 『わか、わかった』  ちょっとだけ吃った返事の後、通話をポチっと切る。  するとすぐに目の前のドアが開いて、いつも通りの様子でアゼルが顔を出した。  朝だというのに寝ぼけた様子の一切ない、パジャマ姿すら様になる夜色の男。  アゼルはむっつりと黙り込んで俺の手から軽々しくひょいと盆を受け取り、穴が飽きそうなくらい朝食を見つめている。  その頭の毛が一房ピョイン、と跳ねているのがなんだか愛らしい。  手ぶらになった俺はそっと下から手を伸ばし、その髪をなでた。 「ッ!?」 「ふふふ、寝癖がついている。……かわいいな?」 「あっ、あぅぅ……っ」  冗談交じりに言って微笑みながらなで付けてやると、柔らかな髪はほんの少しだけ落ち着いたように見える。  下からなでるのは、動物を警戒させない為だ。犬の気持ちを読んだからな。  そうやって身長差から少し上目がちになりつつ、スキンシップを図ってみる。 「ふんッ」 「うん?」  しかしなでられたアゼルは子供扱いされたと怒り狂ったのか、パシッ! と素早く俺の手をはたき落とした。  なぜ怒り狂っていると思ったのかと言うと、物凄く顔が赤いからだ。 (ば、バッドコミュニケーション。怒らせてしまったぞ……俺は朝から大失敗かもしれない)  やってしまったか、と内心おろおろする俺をキッ、と睨みつけたアゼルは、なんなら少し涙目になりつつガオッ! と吠えた。 「モーニングコールとエプロンのコンボをキメた上に、断りなく俺にお触りするんじゃねぇっ! かっかわっ、かわ、かわいいが過ぎるっ! ふざけてんのか!? 〝今からお前に触ります〟と言え馬鹿野郎っ! 今度からなぁ、許可を取ってから存分に触れ! 存分になっ!」 「うおっ」  言うだけ言って、アゼルはバンッ! と強くドアを閉めてしまい、それっきり中から反応がなくなってしまった。  俺はポカン、と間抜け面を晒す。  マシンガントーク過ぎてよく聞き取れなかったが、ええと、勝手に触るのはダメと言って、怒られてしまったみたいだな……。  俺は少しだけしゅん、と肩を丸めた。  アゼルと俺は一緒に住んでいるが、なんだか俺はあまり好かれていない気がするのだ。  気が利かない俺の改善しようというスキンシップは、こうして尽く失敗してしまう。  けれど嫌われてもいない。  食事はちゃんと食べてくれるし、声をかけると返事も返してくれる。  電話も出るし、メッセージも返ってくる。  それはアゼルの育ちが良くて、仕事柄連絡には敏感なだけだと思うが……。  それを抜きにしても、嫌われてはないと思うんだ。希望的観測ではある。 「ただ、好かれてないんだな……ふーむ……」  どんな理由かわからないが、俺を日本での同居相手に選んだのだ。  お金もたくさんかかっている。  ちゃんとそれに見合う仕事を返したい。  俺との生活にその値段をつけてもらえるくらい、頑張らなければ。  そうと決まれば、だ。  俺はエプロンのポケットから再度スマホを取り出して、トトッとメッセージを打つ。

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