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第31話【了】

 シュッ。 『今日、お菓子を作ろうと思います。アゼルの好きなお菓子を教えてほしいです。』  シュッ。 『それから、お仕事は忙しいでしょうか? もし時間が取れるなら、良ければ、俺と付き合ってください。』  メッセージを送っていると、ドアの向こうでドタドタンッゴンッ! となにかを強かに打ち付ける鈍い音が聞こえた。 「ん?」  どうしたんだろう?  悲鳴が上がらないので無事だと思うが、なにかあったのか?  一応メッセージは送った瞬間既読が付くので、見ているのは見ているのだと思う。  シュッ。 『アフタヌーンティーを一緒に、いかがでしょうか。』 「そっちかッ!」 「うん?」  アゼルの身を案じつつもメッセージの続きを送ると、切れ味の鋭いツッコミが聞こえた。  うん、お茶会のお誘いだぞ。  それ以外はないだろう?  リアルタイムで見ているなら返信が来るかな、と思い、じっと待ってみる。  けれどいっこうに返信がないので、俺は自分の食事をする為に、とりあえずはダイニングに戻ることにした。  エプロンを外して、朝食を摂る。  チーズがとろけるほうれん草入りのオムレツは、我ながら美味しい。  焼きたてのバターロールも、カリカリジュワッとシミ出すバターが舌を煽る。 「お」  そうしていると、不意に俺のスマホがポキポキ、と鳴いた。  画面表示は──アゼル。  俺はメッセージの返信の有無や、時間や、スタンプ等の反応もなにも気にしない男だ。  だけど思っていたより早く返ってきて、どうしたことか、ほっこり嬉しい。  俺を駒ではなく人として対等な契約を結んでくれたアゼルと仲良くなれると、俺は嬉しいみたいだ。  ええと、メッセージは、と。  いや、待て待て。  ポキポキが止まらないぞ。 『胡桃』 『好きだ』 『ちなみにいまのすきはちがうすき』 『すきはくるみのすきでおまえじゃない』 『好き違う』 『違うくないけど』 『いままでのぜんぶなし』 『胡桃が、好きで、アフタヌーンティーは、たまたま暇だから、付き合う』 『ちなみにこの付き合うは』  以下、略。  アゼルにメッセージを送るのは、初めて連絡先を交換した時のよろしくお願いします以来だ。  その時の返信は『よろしく』だけだったのだが、今回はかなりたくさん来た。  ……と言うか、鳴り止まないポキポキからして、無限に一人でメッセージを連投し続けている。 「ふふふ、なんだか楽しいな。普段業務連絡以外のメッセージはあまり来ないので、嬉しい気がする」  俺は仕事が忙しくなって疎遠になったのと、元々人付き合いがうまくできないので、友達が少ない。  少ないというか、連絡を定期的に取るという意味では皆無だ。  関わりがあったのは同僚や上司くらいかな。  休日に出勤してほしいやら、あれのやり方はどうですかやら、大河、大河さん、と……うん。  今でもパソコンにメールが来るので、資料を作って送ったりする。  それはまぁ置いておこう。  とにかく、ただの俺に送るメッセージを連投するアゼルの行動を見ていると、楽しい。 『だからつまり、午後は空ける、わかったな?』  最後にそう締めくくられて連投が終わった為、俺はトトットッ、とスマホをつついて返信を送った。  シュッ。 『はい。胡桃のお菓子を作ります。一緒にティータイムにしましょう。もっとお話したいので、嬉しいです。ありがとう。』  パンッパンッパァンッ! 「うん!?」  メッセージを送ると同時に、なぜだか二階から銃声が響く。  すぐにアゼルから問題ないとメッセージが来たが、どういうことだ。マフィアジョークか。  忘れかけていたが、まさかマフィアは日常的に銃声を奏でるのか?  そんな馬鹿な。カルチャーショックなんて目じゃない。 「俺にできるのは家事とお菓子作りくらいなのに、拳銃を撃てるなんて、凄いな……」  恐れおののく俺は、俺談ハートフルマフィア、マーカウィーファミリーのボスが──まさかあまりの歓喜悶絶により思わず引き金を引いたと言うことには、気付くわけもなかった。  第三話 了

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