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第42話

 腑に落ちない気持ちで溶け始めたアイスキャンデーを齧っていると、液状化した部分が持ち手を伝って腕を濡らしてしまう。  のんびりと食べ過ぎたようだな。  夏の暑さではよくあることだ。  しかし今日のこれはすりおろした果肉とブロック状の果肉を混ぜて作った、自信作である。  うぅん……もったいない。  舐めよう。  パーカーの裾をまくって甘い雫を舌で追い、そのままアイスキャンデーにたどり着く。  そして今にも落ちそうな氷にチュク、と吸い付き、残りを全て食べ終わる。 「…………」 「ん、手にもついた……うーん、いつも俺は食べるのが下手くそだな」  ややベタつく手を残念がってペロペロと舐めつつ、食事が下手な自分を反省した。  シュークリームとかも、かじりついた反対側からクリームがはみ出るタイプなんだ。  ハンバーガーもソースが零れる。困ったタイプだ。  そんな俺を、いつの間にやら残りを棒ごとどこかに消したアゼルが、むすっとしながら凝視していた。 「アゼル? 日焼けしたのか、顔が赤いぞ」 「……どこに行っても卑猥な生命体め……!」  魔王版・海水浴のすゝめ、その二。 『アイスキャンデーは健全に食べるべし』  そんなことを言われた俺は、逆に不健全な食べ方とはどんなものだろう? と首を傾げていたので。  アゼルが半分だけ残したアイスキャンデーに永久凍結魔法をかけ、こっそりしまっていたことなんて、気が付いているわけもなかったのである。  そうしてしばらく夫夫水入らず。  現代とこちらの世界の海水浴の違いやら、こちらの船は海獣が引く魔物式だとか、のんびりと過ごした。  そうそう。  アゼルが海嫌いな理由を知ったぞ。  どうやら魔境には海がなかったらしく、アゼルが海水浴と言う行事を知ったのは魔王になってからなのだ。  したことのないことを人前でするのが苦手なアゼル。  その上、海水浴の楽しみ方や振る舞い方がわからない為、まったくもってつまらない。  後は、塩っぱい海水を浴びると毛が濡れるのが嫌だとか。イヌ科の魔物なのに猫みたいだな。 「そうか……海水浴の楽しみ方……うぅん、俺も実はあまり海水浴はしたことがなくてな……。 そうだ。遊びが分からないなら、リューオ達と遊んでくるか? 嫌でも構い倒されて遊ばされるぞ。きっと楽しい」 「う……でもお前がいねぇだろうが」 「? 俺は荷物番だからな。スペースを確保しておかないと、昼時にシートを広げる場所がなくなる」 「じゃあダメだ。別に海がなくてもお前がいれば面白おかしいわけだし、そういうことだろうが」 「ん。ん? ……そういうことなのか」  お馴染みのアゼル論は、相変わらずどういうことかわからない。  要するに、海水浴の楽しみ方に興味がないということか。  不貞腐れた表情のアゼルは、腕だけ絡めあっていたはずが、拗ねたのか俺をヒョイと抱えて腕の中に閉じ込めた。  大丈夫だ。  それなりに筋肉質な大人の男を子供のように軽々と持ち上げる怪力には、慣れている。  無言のままに抱きしめ、スリスリと頬を寄せてくるアゼル。への字口の仏頂面はデフォルトフェイス。  アゼルが俺を抱きしめて無言ですりついてくるのは、言葉にできない意思表示である。  甘えている時と、強請っている時と、メンタルの充電をしている時と、それから伝わらないことへの不平不満が主だ。  今は恐らく不平不満な気がする。  こうなったら、満足行くまで好きなように抱きしめられているより他ない。  自分から頬を擦り寄せ返しつつ、アゼルの海水浴の楽しみ方がこれでいいものか、と少し悩んだ。 「うぐぐ……コイツはなんで俺の取り扱いはプロ級のくせに、こう、俺の遠回しな二人きりで嬉しいが伝わらねぇんだ……!?」 「ん? なんて言ったんだ?」 「そういうところだぞ、そういうところだぞシャルッ」

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