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第45話
保護者の目線で気遣わしげに二人を見てから、俺も飲もうと最後の水筒を取り出す。
「シャル、俺にもくれ」
「ん。コップを……ん?」
タローに飲ませることに成功したアゼルは、自分も欲しくなったのかそわそわと手を出した。
かわいい旦那さんにはちみつレモン水をせがまれ、和やかな俺はふと気がつく。
俺の持ってきた三つの水筒は、一つは二発目の弾丸に使われ、もう一つはタロー用に渡し、今手元にあるのが最後らしい。
二つ持ってきたピッチャーはツッコミコンビに渡したからな。後は水と麦茶しかない。
それは仕方がないな。
二人は泳いできたのだから喉が渇いているに決まっている。
最後の水筒からコップに注ぎ、アゼルに手渡す。
「アゼル、はちみつレモン水はこの水筒が最後だ。でも水と麦茶はあるからな」
「「え」」
「…………」
スッ
「魔王様。こちら不肖僕めが少し頂きましたが、七割残です! お納めください!」
「なッユリスお前自分だけ!? ズリィ!!」
「クックック……あぁ。ユリスは許してやる」
「あぁんありがたき幸せぇっ」
「ユリスぅぅぅぅぅッ!?」
ん、忘れていた。
えっと、アゼルのすゝめだ。
魔王版・海水浴のすゝめ、その三。
『好き嫌いは愛でカバーすべし』
アゼルはユリスに貰ったピッチャーをそっと小型氷室にしまい、俺が渡したコップの中身を大事そうに飲み干す。
──魔王版・海水浴のすゝめ、その四。
『嫁のものは旦那のもの、過剰な略奪には鉄拳制裁』
「くっ、こうなりゃ殺るしかねェ……! テメェ俺が黙ってボコられるタマだと思ったら、大間違いだぜッ!」
「ハッ。たかが人間如きに〝ちょっと痛い目〟見せるくらい、昼飯前のウォーミングアップにもならねぇな……クックック」
「その人間如きを嫁にした上に海まで来て張り付いてる駄犬にゃ、ひとッ欠片も負ける気がしねェなァァッ?」
「抜かせ。バックハグすら出来てない残念彼氏に、いつ抱きつこうが一切嫌がられねぇ旦那様が遅れをとるかよ。シャルの作ったはちみつレモン水が吸収される前に、残らず吐かせてやる」
「「今日こそぶちのめしてやるぜッ!」」
バサッ! とパーカーを脱ぎ捨てたアゼルとドンッ! とジョッキを置いたリューオ。
二人はバチバチッと火花を散らして、同時に海へ向かって飛び出して行った。
もう何度目かの魔王VS勇者である。
これも魔王城と変わらないな。
アゼルという背もたれを失った俺は、当然コロリと転びそうになった。
しかしそこを鎌でトンと支えてから走り出したアゼル。気遣いも流石だ。優しさ溢れる魔王だからな。
沖の方で水しぶきが二つ上がっているのを眺めながら、俺は怒涛の展開に小首を傾げる。
「いつも急にスイッチが入るな、あの二人は。なんでアゼルはリューオにお仕置きしたがっていたのだろうか」
「いやいやお前の手作りはちみつレモン水、自分よりたくさん飲まれたからでしょ! この鈍感のほほんねずみ!」
「そ、そうなのか? 帰ったらいくらでも作るのに、リューオに悪いことをしたようだ……」
「アレは別にいいんだよ。うちのバカもバカらしく戦闘狂だからね……未だに勝てないのが悔しいんだって。魔王様に勝てるわけないのに、ほんっとバカ」
「ふふふ、リューオらしいな。でもリューオが勝ちたいのは、ユリスがアゼルを好きだったからだぞ? 気が付かなかったなんて、ユリスも意外と鈍感だな」
「は、はぁ!? シャルにだけは言われたくないよっ!」
パラソルの陰なのに、肌の白いユリスの頬が真っ赤に染まり、プクっと頬が膨らむのを、微笑ましく見つめた。
リューオは珍しいものを見逃したな。
アゼルに勝たなくても、ユリスはリューオが大好きなのだ。
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