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第33話

 【ケース1・アリオ】  長男のアリオは兄弟達と別れた後、さほど離れていない平地に家を建てることにしました。遠出するのが面倒だったのです。 「俺の見立てでは、このへんに悪い動物はいないはずだぜ! 間違いねェ! サックスダンスがそう言っているんだぜ! 取り敢えず雨風凌げればいいんだから、藁の家でも建てるとするか!」  おそらくシックスセンスと言いたかったのでしょう。  三匹で一番短絡的なアリオは、見通しが甘いタイプの子ブタでした。  えっさ、ほいさ。  えっさ、ほいさ。  アリオは意気揚々と近場の藁を集め、ギュッギュと縛り、瞬く間に藁の家を建てました。  屋根も壁も床も藁。外観は様になっているものの藁ですから、作りは単純なものです。  家の中で腕を組み、満足げに頷くアリオ。 「ふはははは! ガドマザーの指令はこなしたなッ! よし、昼寝でもすっか」  ワサワサ。 「ん?」  新築の家で贅沢な昼寝を楽しもうとしていると、誰かがドアをノックする音が聞こえました。  はてさて誰なのでしょう?  まだ兄弟達に住所は教えていないし、母ブタにだって知らせていません。  小首をかしげながら、アリオはドアの外に向かって声をかけました。 「ほいさ! 誰さ! ここはアリオのおうちだぜ!」 「こんにちは、アリオ。俺は旅の人間、シャルと言う。よかったら少し休ませてくれないか?」 「なにィ!?」  なんと、訪ねてきたのは人間だったのです。  人間なんてこの辺じゃ滅多に見ません。毛皮も鱗もないのに、どうしてか生き残っている珍妙な連中。  ピョンと跳ねて驚いたアリオの脳裏に、母ブタの言葉が蘇りました。 『人間は恐ろしいぜ。俺だって勝てやしねぇのよ。気がついたらコロコロ転がされてるかんなァ〜』  そんなの困る。  アリオはひっしと藁のドアを押さえて首を左右に振りました。 「ダメだ! ダメだ! 人間って言えばお前、ブタを卵とパン粉に沈めて拷問した後、油の風呂に落としてカラッと揚げちまう失礼極まりない生き物だぜ!」 「トンカツだな」 「トンカツなんて惨すぎるぜ! 人間なんかいれられないぜ! 帰れ帰れ!」 「そうか……」  懸命に威嚇するアリオの声を聞いて、外の人間は残念そうにしょぼくれた声で納得しました。  どうやら話のわかる人間だったようです。  ホッ、と一息。  少し悪い気もしましたが、これも身を守るため。仕方がない。  そうしてアリオが安心してドアから離れた瞬間── 「……ん? アゼル、どうした?」  ブオンッ!! 「ぎゃーーーーーーッ!?」  未曾有の強風が吹き荒れ、アリオの新築マイホームは骨組みを残して丸裸に剥かれてしまいました。  外壁の藁を、全部吹き飛ばされてしまったのです。  ああなんてことだ!  せっかく一時間もかけて作った渾身の藁ホームがッ!  怒れる子ブタはブウブウと文句を言い、人間に食ってかかりました。 「おい人間! 人の家を吹き飛ばすってのはいけないこと、……」 「…………」 「…………」  人間に食ってかかったのに、目の前には、それはそれは立派な……黒い狼がいました。  狼の首には首輪が巻かれ、そこには散歩紐がつけられ、紐の端は人間の右手。なるほど、マナーをわかっている飼い主です。  狼だって無駄吠えせずに、ただ非常に機嫌が悪い様子でアリオを睨んでいるだけです。躾もできているみたいです。  ただこれをわかりやすく言うと、MK5。  マジで食われる五秒前ということでした。 「アーーーーーーッッ!?!?!?」  脳が現状を認識した瞬間、アリオは脇目も振らずに猛ダッシュ。  逃げろ、逃げろ、とにかく逃げろ。  アリオはすたこらさっさと尻尾を巻いて逃げ出し、三つ子の間っ子──オルガのところへ向かうのでした。

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