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番の誓約

二人が屋敷を出て数日はエイデンが行方不明だと騒ぎになったものの、父親は早々にエイデンを諦め、跡継ぎとして迎え入れていた養子のレノに全てを託していた。それを知ったミケルは怒りを覚えエイデンを心配するも、当人は何も感じないから気にしなくていいとあっけらかんと笑うから安心した。正直言って物心つく前から親という存在を知らないミケルにとって、エイデンの心情を察し測ることは難しかった。 エイデンには屋敷に一人残してきた弟、レノがいる。 二人は血の繋がりはないけどそれ以上の深い愛情、信頼をお互い持っており、ミケルはエイデンと共に無責任に家を出てしまったことが少し気掛かりだった。屋敷から去る際、エイデンは一言二言レノと会話を交わしていたのを知っている。きっと二人にしかわからないような強い絆のようなものがあるのだろう。これはエイデンと一緒に過ごしているミケルにも伝わってきていた。 今まで何も感じなかった他人の奥底にある感情、とりわけエイデンやレノに対してそれはぐっと強く感じることができるようになっていた。 「俺はもらい子でも愛してもらえてる。あれは兄様(にいさま)にはいい父親じゃなかったけど、俺は大丈夫だよ。こちらの心配はしないでいい……」 レノが別れ際にそう言ってくれたとエイデンは嬉しそうに言っていた。 エイデンは幼い頃から父親の愛情を感じることはできなかったと言う。いくら言葉だけ取り繕って「愛しい我が子」と言われても到底おかしな茶番にしか映らない。特殊な能力のようなもので人の感情などを敏感に感じ取っていたエイデンにとって真実でないことの方が世の中には多く、例えそれが血の繋がった親子間であろうとも嘘だらけなのだと笑って話した。 結局のところ、親を知らずに一人孤独に生きてきたミケルも、親がいても愛情を感じることなく生きてきたエイデンも同じようなもの。それがいきなり自分以上に大切な存在ができ、お互い日々愛されていると実感できるこの現実が幸せすぎて嬉しくて、これ以上何かを望んだら罰当たりだとミケルは本気でそう思っていた。 「あ、おはようございます。レノ様今日は早いですね」 ミケルが小屋の掃除を終えて一息つこうと湯を沸かしている時、少し乱暴にドアを開け入ってきたのはレノだった。ミケルが来ている時は決まって顔を出してくれているレノだけど、それはレノも仕事を終えた午後や夕方が殆どで、こんな朝っぱらから小屋に来るなんて珍しかった。 「早いですね……じゃねえだろ? なんなんだよ、体調平気か?」 怒ったような口調でレノはそう言い、ずいっとミケルに顔を寄せその頬を優しく撫でる。 「えっと……はい。大丈夫です」 やっぱりこの人にはお見通しなのだと困ったようにミケルは返事をすると、案の定レノは呆れたように溜め息を吐いた。 「兄様は? なんでまた発情期の匂いをぷんぷんさせてんだよ。まだ番ってねえのか?」 「………… 」 運命の番だと確信し、愛しい人と一緒にいる。 でもミケルは未だ、その相手に番の誓約を交わしてもらっていなかった。

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