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第9話
供養、と呻き声が洩れたせつな、記憶の扉が開いた。
翼のクラスは学園祭でミュージカルを上演し、劇中で翼が演じたのがタヌキの妖精だ。
ゴムまりのごとく、舞台狭しと歌い踊る想い人は、北島〇ヤが憑依したような怪演ぶりで観客を魅了した。ところが一番の見せ場で、科白を度忘れして棒立ちになった。
必死にアドリブでつなごうとする姿が痛々しい。がんばれ、と誠也はテレパシーで励ます一方でこう思った。
ステージに駆け寄り、翼を姫抱っこして、愛の讃歌を熱唱したい──と。
翼の魂も過去を旅した。客席の中に誠也を見つけてラブビームを発射したときと同様に、両手を高々と挙げると、波間にたゆたう藻のようにひらひらさせた。
見て、おれを見て。フラダンスの所作の一つひとつに意味があるように、指づかいや腕の上げ下げに、切ない恋心がにじんでいるのを読み取って。
と、腋の下と膝の裏に手がかかり、横抱きにさらいとられて躰が宙に浮いた。
アンビリバボー、と翼は目を瞠った。憧れの姫抱っこをしてもらえる日が訪れるなんて、お祝いに赤飯を炊かなくきゃ!
〝万雷の拍手〟と題した効果音が流れ、ばななマンがキューを出すと、スポットライトで照らし出された舞台にタイムスリップするようだ。
誠也は腕にずっしりくる翼を抱えなおすと、Tシャツをはためかせて一回転した。そして誇らかに愛の讃歌をデュエットする。
教職員たちよ、生徒および父兄ならびに一般の来場者よ。これが最強カップルの底力だ、思い知ったか。
「翼くん、愛している!」
「おれは永遠に好き!」
「だったら俺は宇宙の創成期から好きだ!」
見つめ合い、くちづけを交わす。デコボコと波打つ頬が、根こそぎにせんばかりに舌を絡ませていることを物語る。
ちなみに、掛け値なしに初のベロチュウだ。
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