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#彼に届けて

言いたかった、言葉。 『ごめんね、本当に…ごめんなさいね…っ』 伝えたかった、思い。 『あの子の事は、もう、忘れて…』 いつだって、俺は… 『あなただけでも、幸せになってちょうだい…っ』 『…そんなの……、』 気が付いた時には、全て失っている。 **** ーピピピピ… 「…ん…」 目覚まし時計が鳴り響き、薄っすら目を開けると、そこには見慣れた天井が広がっている。 「…久しぶりに、あの夢…」 ポツリと呟いて、いつまでもけたたましく耳元で鳴る時計を止めた。静まり返る部屋に、はぁ…と零れるため息。 この夢を見ると、大抵その日一日、運が悪い。 「…ん、い…!」 「…」 「せんぱいっ!」 「…っ、」 至近距離で声をかけられ、ビクリと肩を揺らす。横を見上げると、不機嫌そうな顔をした後輩が立っていた。 「もうっ!何回も呼んでるのに!」 「あー、悪かった。どうした?」 「部長が、A社に資料届けたら直帰でいいって…」 「わかった。ありがとう」 A社…A社って、めちゃくちゃ遠い所じゃ…?あーくそ。別に俺、担当じゃねぇのに…最悪だ。 「俺も行きますからっ!置いて行かないでくださいね!」 ため息をついてしまいそうになるのを堪え、心の中で愚痴っていると、後輩が少し早口でそう言った。 「え、なんで?」 ただの資料渡しなら、俺一人で十分なのに…。 「そ、れは…勉強ですよ!勉強!現場見ておかないと!」 「はあ…」 「じゃ、じゃあそういうことなんで」 少しどもりながら、それらしい理由を言って、後輩はそそくさと自分のデスクに戻っていく。 「わざわざついてくるなんて…意味わからんやつ」 俺だったら仕事終わったら速攻帰るのに、なんて思いながら止まっていた手を動かした。 「よろしくお願い致します。では、失礼します」 頼まれた資料をA社に届け、すっかり暗くなった道を車で走る。助手席に座る後輩は、ボーッと窓の外を見ていた。 「…んで?勉強になったのか?」 音楽もかかっていない車内に、俺の声が響く。その声に反応して、後輩がこちらを向いたのがわかった。 「ええ、まぁ」 「フッ、そうかい。ならいいけど」 別に勉強出来るほどのやりとりでもなかったが、本人のためになったなら…と軽く笑った。 「…ん?なに?」 ふと、いつまでも刺さる視線に、一瞬横を見る。 「あの……あ、そこの自販機で止まってくれません?」 「ん、りょーかい」 何かを言いかけたと思ったが、喉が渇いた事を言いたかったのかと思い、なんの疑いもなく数メートル先の自販機の前で車を止めた。 「何がいいです?」 鞄から財布を取り出し、俺に聞いてくる。 けど、一応俺が先輩だしなと思い「ブラック」伝え、五百円を渡した。最初は渋った後輩だが、最後は折れて受け取ってくれた。 「はい」 「おう、サンキュな」 「いえ、こちらこそ…いただきます」 人気もない道でハザードをたきながら、二人でコーヒーを飲む。後輩が入社して早数ヶ月。ミスする事もあるし、経験が少ない分まだまだなところはあるけれど、気が利けて愛想もいい。いつか、こいつと肩を並べて仕事出来たらいいな…なんて、思っていた。 「先輩、あの…」 「うん?」 静かな車内に、今度は後輩の声が響く。それに返事をして視線を向けると、いつもの表情豊かな後輩ではなくて。 「な、なんだよ…」 こちらにも緊張が伝わるほど、真剣な顔をしていた。 「俺ね…、俺……」 彼は俺に出来た初めての後輩で…先輩として、彼の成長が楽しみだった。 「先輩のこと、好きなんです」 だから、まさか…。 「は…?」 「俺ね、知ってるんですよ」 「な、に…を…」 「先輩が昔、男と付き合ってたって」 そんな彼が… 「何言って…っ」 「俺の兄貴、だったんです」 俺の過去を知っていたなんて…。 「…っ」 そのセリフを聞いて、ぶわっと冷や汗が吹き出た。 「五年前、通夜で泣いてましたよね…先輩」 「ぁ…、」 「俺ねー、ずっと留学してたからさ…兄貴と付き合ってた先輩と一度も会ってないんだよね」 …五年前、俺は恋人…彼の兄と死別した。 同じ大学だったけど学部が違った彼。学年が上がるごとに忙しくなって、なかなか会うことができない日が続いた。 『なんで俺との約束が先なのに、ドタキャンされなきゃいけないわけ!?』 やっと予定が合った日、突如ゼミの飲み会が入り、そこに行かなきゃいけないと言われた。 『だから、ごめんって…埋め合わせは必ず…』 『っもういい!楽しみだったのは俺だけみたいだしな!』 頭に血が上ってた。久々でわくわくしてたのも、ずっと会いたかったのも…俺だけだったんだと思い込んで…余計、寂しくなって…。 『おい、』 『触んなっ!顔も見たくねえ!お前なんか…っ、お前なんか大嫌いだよ!!もう好きなとこ行っちまえ!』 だから、俺を引き止めようとした彼の手を振り払い、思ってもいない、酷い言葉を彼にぶつけてしまった。それから彼からの連絡を一切無視して、逃げるように夜の街に走って…朝まで呑んだくれた。散々酔っ払った後、家に帰り、一眠りして頭が冷えた頃……彼の母親から電話が来た。 『…は…っ?』 駆けつけた時にはもう遅くて。 『ごめんね、この子ったら…赤信号で飛び出して…っ』 その言葉で、俺のせいだと悟った。 着信履歴は軽く50は超えていて、ラインも馬鹿みたいに通知が溜まっていた。内容は全て、"ごめん"と"会いたい"。ゼミの飲み会なんて行かず、ずっと俺を探してくれていたんだ。 …もし、真っ直ぐ家に帰っていれば? …そもそも、怒りなんてしなければ? たった一言「いいよ」って…言えていたら…? 『好きなところは…ッ、そこじゃねぇだろ…!?』 そこに俺はいねぇだろ。 『なんで、おまぇ……っ、うぅ…ッ』 なんで俺を置いて逝くんだよ。 『……っちが、ちがう…っ!』 …全部俺が、あの時、間違えた。 言いたい言葉も、伝えたい思いも、もう君には届かない。 『ごめんね、本当に…ごめんなさいね…っ』 悪くもない母親が俺に謝る。それだけで心臓が潰れそうになった。 『あの子の事は、もう、忘れて…』 無理だよ。そんなの絶対… 『あなただけでも、幸せになってちょうだい…っ』 彼のいない世界で、俺が幸せになるなんて… 『…そんなの……、できるわけがないっ』 俺は俺の罪を、一生、背負い続ける。 「兄貴は…」 「…ああ、俺が…殺した…」 俺のせいで。全部、俺の…。 「…っいい加減にしろよ!!」 「っ、」 突然の怒鳴り声に、ビクッと肩を震わす。横を見ると、怒っているけど泣きそうな…そんな顔をした後輩がいた。 「ご、ごめ…っ」 「謝ってんじゃねえよ!!違ぇだろ!!」 酷く心が痛くなり、思わず口にした謝罪の言葉は、またも怒鳴り声でかき消される。何を言っていいかわからず黙り込む俺に、後輩はハッとして、深く息を吸った。 「…そうじゃないでしょ。…ねえ、先輩」 「…」 「俺の兄貴は、どんな人だったの?」 「…っ」 「死んだのはお前のせいって、言うような人だった?」 「…っぅ、」 「好きな人の幸せを願えない、そんな人間だった?」 「ち、が…っ」 「今もずっと、あんたの事恨み続けるような…」 「ちがうっ!ちがうよぉ…!」 いつだって優しくて、俺のことを考えてくれていて…大切だった。だからこそ幸せになってほしかった。でもそれを俺が奪った。 「…先輩、俺に言ってみて?あの時言いたかった事…俺が聞いて、兄貴に届けるからさ」 「ぅっ、……っおれ、」 「うん」 「お前に、きらいっていったけど、あれはうそで…っ」 「うん」 「さわってほしかったしっ、おれを選んでほしかったっ」 「うん」 「だいじだった…っ、たいせつだった…ッ、」 「うん」 「すきっ…だいすきで…っ、ずっとおまえといっしょ、に……っ、生きていきたかったよぉっ!!」 「…うん。兄貴も、同じ気持ちだったよ」 ふわり、と俺を包み込む優しい体温。その瞬間、俺は縋るように抱きしめ返して、子供みたいに大泣きした。 悔やんでも悔やみ切れない後悔と、溢れ出す彼への気持ち。 それを今、彼の弟が聞いてくれた。 「遺品整理で、兄貴の携帯見たんだ。最後の、先輩とのやりとりも…」 「ん…、」 「通夜で泣いて叫ぶ先輩思い出してさぁ、お互い本当に好きだったんだな〜って思ったよ」 優しく頭を撫でられながらクスクスと笑われて、通夜で取り乱す自分を思い出し、少し気恥ずかしくなった。 「…きっと先輩は、たくさん後悔して、泣いて、自分を責め続けて来たと思うけど…、付き合ってたら喧嘩の一つや二つ、しょうがないでしょ?」 「ぇ…っ?」 「だからさ、もう笑って過ごそうよ。たくさん泣いて我慢して来たんだから。それに…」 "兄貴も、先輩に幸せになってほしいって思ってるよ?" 『お前の笑ってる顔見ると、幸せにできてるって実感できてさ、俺、嬉しいよ。だからずっと笑っててな?』 「…っう〜〜ッッ!」 「っええ!?笑ってって言ったのに泣くの!?」 ずっと忘れてた言葉を、言ってほしかった言葉を、 「お前がそんなこと言うからだろぉ〜!ばかぁ!」 彼の弟が全部くれた。思い出させてくれた。 …なぁ。時間はかかると思うけど、俺、また心から笑える気がするよ。 「…あ、先輩。俺の告白も、忘れないでくださいね?」

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