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#神様と人間
昔から、人より少し霊感が強かった。
だけど、頻繁に霊を見るとかじゃなく「あ、今なんかいたな」程度だったり、オーラが薄っすら見えたりするだけ。世の中そんな人たくさんいるし、特に気にしていなかった。だから、この力が巻き起こす運命的な出会いが、すぐそこまで迫っているなんて勿論考えてもみなかったんだ。
「うわぁ、めっちゃ金色のオーラ放ってる…すごい…」
人混みの中でその人は光っていた。それはもう神々しく。スウェットパンツにパーカーという実にラフな格好、綺麗な銀髪を後ろで結んで、眼なんか黒よりも紺に近い。
こんな人いるんだなって思うくらいとても綺麗で、正直、男相手に見惚れてしまった。
「…あ」
「えっ」
不意にその人がこちらを向き、僕と目が合うとパタパタと駆け寄ってきた。徐々に近付く眩しい光に、思わず目を細め「見過ぎて不快に思わせ文句を言われるのでは」とドキドキしながら謝る準備をする。
「あ、の、」
僕の前まで来たその人は、間近で見てみると思ってたよりも背が高く、何より顔も美しくて言葉が詰まる。
そんな僕を見た彼は、フッ、と笑った。
「待ってたぜ、お前のこと」
「…え?」
「見つけてくれるの、ずっと待ってた」
ポンと頭に置かれた手。彼の優しい声と瞳。
初めて会ったはずなのに、何故かとても懐かしく感じて。
「…おまたせっ、」
気が付いたら涙を流し、そう言っていた。…この時の僕は自分と彼の言葉が何を意味するのか、まだ知る由もない。
それから僕たちの距離は一気に縮まり、惹かれ合った。同性という壁も彼となら乗り越えられる気がして僕は何も怖くなかった。
でもここで同性以外の壁が立ちはだかる。
それは、彼が神様だという事。
初めてそう言われた時、僕は半信半疑だった。
だって「実は神様です」なんて、余りに信じ難い台詞でしょ?すぐに「そうなんですね」と、なるはずがない。でも、それを信じざるを得ないことが多々あり、僕は彼を神様として受け入れたわけだけど。
まるでファンタジーのような恋愛。彼と一緒にいる時間はとても楽しかった。僕が生きて来た平凡な人生が百八十度変わった。男同士の付き合い方や愛し方、喜びや辛さを、全部彼に教わった。…すごく、幸せだった。
「あなたは、出会った頃のまんまだね」
「おまえは、白髪のおじいさんだな」
あの日から数十年、出会った頃と何も変わらない彼を神様と呼ばず、なんと呼ぶ?
「僕ばっか、歳取ってくなぁ」
そして、死に近付く。
「人間だからな」
僕が死んだら、彼はどうなるのだろうか。
「あなたは、長生きなんだね」
ずっと、ひとりぼっちなのだろうか…。
「神様だからな」
そう考えた時、初めて怖いと思った。…彼を一人にして、自分が先に死んでしまう事が。
「あなたは、いつまで生きてる?」
「さぁな。死ぬかもわかんねえ」
そう言って微笑む彼を見て理解した。神様でも抗う事が出来ない宿命なんだと。それを彼は受け入れているのだと。
そして、彼と過ごす日常の終わりが、ついにやってきた。その日はとても穏やかで、周りは不自然なくらい静寂に包まれ、世界が落ち着いているような不思議な感じで。
直感で「あぁ、そろそろかな」と思った。
きっと隣で寝てる彼も、わかってると思う。
「あっという間の人生だった」
と言えば、フッ、と笑う彼。
「とても幸せだった」
と言えば、少しだけ眉を下げる彼。
「あなたは、幸せだった?」
と聞けば、彼は一筋の涙を流した。
「ああ。お前といる時間が、生きてる中で一番幸せだ」
泣きながら笑って、僕の老いた頬に手を伸ばす。その手に自分の手を重ね、釣られるように僕も涙を流した。
「きっと、見つけるよ」
ぎゅっと彼の手を握りしめる。
「また、あなたを見つけて恋をする」
大好きな彼の手を、いつまでも離したくなくて。
「絶対…っ、すぐに、会いにいくから…っ!」
最期の時まで、僕は彼の手を握りしめていた。
「ああ、待ってる。ずっと、ずっと、お前を待ってるよ」
****
『あんた、すごいオーラ放ってるね』
全ては、この一言から始まった。
地上に住む神の俺。人間に認識されることなんて、そうない。稀に見つかることはあるけれど、話しかけられたのはこいつが初めてだった。俺は人と話す楽しさや喜びを知って舞い上がっていたのかもしれない。
『好きだよ』
だから人間のこいつと、まんまと恋に落ちてしまったんだ。
人間との恋なんて、自分が傷付く以外何もないのに。でも想いを止めることは出来なくて、俺は腹を括り、こいつの最期の最期まで、愛し抜くと決めた。
『また、きっと会えるよ』
それがこいつの最期の言葉。
根拠もない言葉だったけど、俺はひたすら信じて、会える日を待ったんだ。
『お前、すげぇ光ってんな』
そして、それが叶った時は思わず泣きそうになった。本当に会いにきてくれたんだって。見つけてくれたって。
『君、すごい神々しいよ。何者?』
顔や背丈、口調や性格はさまざまだったけど、こいつは生まれ変わる度に俺の元へ戻ってきてくれた。でも女の姿で現れたことは一度もなく毎回、男。不思議には思ったけど結局愛する人がどんな姿だろうと関係なかった。
『必ず見つける。信じて待ってて』
こいつは最期、絶対そう言ってくれる。
たとえ出会った時から寿命が見えていようとも、最後は先に死へ向かうこいつのその一言で、俺は救われるんだ。
「ああ、待ってる。ずっと、ずっと、お前を待ってるよ」
いつだって最期の別れは辛くて堪らないけど、また会えるなら何度だって乗り越えて、永遠と愛を繋げていく。
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