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#狼さんと兎さん
僕は、決めた。狼さんと一緒に歩んでいく事を。
「おおかみさん…僕を、たべて?」
「ああ、食ってやる。…後でな」
たとえ、この世界の掟を破っても…。
***
「あーあ、今日はここで野宿かぁ…」
真っ暗闇に包まれ、微かに香る水と泥の匂い。この雨の中じゃ巣に帰ることは出来なさそうだ。
兎一匹では広過ぎる洞窟の中、隅に生えた雑草という名の食料をポリポリ食べながら、朝が来るのを待つ事にした。
「…ん?」
一人で退屈だと思い始めた頃、遠くからパシャ、パシャ、と水が跳ねる音が聞こえた。その音は、だんだんこの洞窟に近付いてきて、僕は少し身構える。
「ライオンさんとかだったら…諦めよう」
なんて、自分の死を覚悟をしつつ。
「あーっもう、急に降ってくんなよクソ!」
「っ!」
きたっ!誰だ!?虎さん…!?熊さん…!?
「…ぁあ?」
「ひっ!」
少し低めの声の主が、隅で丸まってる僕に気が付き、肩を揺らす。ドキドキとうるさいほど鳴っている心臓が今にも口から出そうだった。
「……へぇ、お前…兎か」
「あ、ぅぅ…」
ボンヤリ見える黒い影の大きさからして、明らかに僕を捕食対象としてる種族だ。
「美味そうじゃねえか」
終わった……。
「と、言いたいところだが、残念ながら俺は今腹いっぱいなんだわ」
「…へ…?」
予想外のセリフに、ギュッと固く閉じた目を開けた。
「さっきたらふく食ったからなぁ…ハハッ、わりいな」
そう言って笑いながら、僕の方へ近寄って来るのは、少し固そうな毛並みに、僕と同じ赤目が光る…
「お、おかみ…さん…?」
鋭い牙が二本生えた狼さんだった。
「んまでも、朝食にしてやっから落ち込むな」
「お、落ち込んでませんっ!」
なんだろ…すごく変な狼さんだ…自分で言うのもなんだけど、食料にこんな……。
「オラ、もっとそっち行け。俺が寝れねえだろ」
「わっ、ちょ、押さないでくださいよ…!場所なら他にもたくさん…っ」
「ぐー」
え!?ね、寝た…!?はやっ!
「……へんなの」
朝になったら本当に食べられてしまうかもしれないのに、僕はこの狼さんに恐怖を抱く事はなくて。
「おやすみなさい、おおかみさん」
このひとになら食べられてもいいかもって、生まれて初めて思った。
「よう、兎!」
「狼さんっ!」
それから、僕たちは洞窟でよく会うようになった。雨が降ったあの日の翌日、狼さんは僕を食べることはしなくて。
『お前よく見たら全然肉ねえし…腹の足しにもなんねえ』
なんて言いながら、僕の頭を撫でたんだ。
そんな変な狼さんの事が頭から離れなくて、なんとなく洞窟に行ったら狼さんが来て、だんだん仲良くなって…今の関係に至る。
「狼さんは、僕が太ったら食べるの?」
「そうだな〜お前が美味そうになったら、食ってやるよ」
陽の光が狼さんを照らし、キラキラと光る。
「ふ、ふーん。じゃあ、たくさん食べて太ろう」
「ハハッ、そこは食べないんじゃねえのかよ」
「ふふっ」
だってさ、だって…どうせ食べられるなら、僕は貴方がいいから…。
「変な奴だな、お前」
「えー、狼さんに言われたくないよ」
この世界の掟…弱肉強食。でも、そんなことは忘れて、狼さんと一緒にいたかった。たくさん話をして、僕の知らない世界を知りたかった。ずっと…このままでいたかった。
"なーに兎と仲良く話してんだよ?"
それは、僕たちの前に、なんの前触れもなくやってきて。
"一族の裏切り者として殺されるか、そいつを食うか…どっちか選べよ"
「おおかみさん…僕を、たべて?」
「ああ、食ってやる。…後でな」
辛い選択肢を、選ばせた。
「俺はこいつらと話がある。兎、お前は走って帰れ」
僕を守るように一族の前に立ちはだかった狼さんに、小声でそう言われた。それがなんの意味をするのか…馬鹿な僕でもわかる。
「…必ず、また会えるよね…?」
「ああ、約束する」
涙を堪えて、僕は狼さんに背を向け走った。
狼さんが心配で、家に帰る事が出来なかった僕は、走った先の洞穴で待っていた。この場所を、狼さんは知らないけれど…きっと来てくれるって、信じて疑わなかった。
だって、狼さんと約束したから…。
「…よぉ、ここにいた、か…うさぎ…」
「っ、おおかみさん…っ!」
本当に狼さんがここに来たのは、二日後の事だった。ボロボロになって、歩くのがやっとな状態の狼さんを必死に支え、待っている時に掘って大きくした洞穴の中に狼さんを運び入れる。
「おおかみさ…っ、血が…、」
ドクドクと流れる血を見て、不安が押し寄せる。
「大丈夫だ、よ…すぐ、なおる…」
ブルブルと身体を震わせる僕に優しく微笑んで、頬を撫でる狼さんの手を、強く、つよく、にぎった。
「…おおかみさん、ぼくを、たべて…っ?」
「……そうだったな…おまえを、くってやるよ…」
僕の言葉の意味を理解した狼さんは、弱々しい体とは裏腹に、赤い目をギラギラと光らせて、僕を引き寄せた。
「ぁ…っ、あっ、お、かみさ…っぼくは…、」
「なにも、言うな…っ、わかってっから…っ」
負担が少ないように、狼さんに跨って腰を振る。伝えたい言葉も、気持ちも、全て狼さんはわかってくれていて。
「すき…っすきっ、おおかみさん…ぼく、しあわせ…っ」
「あぁ…俺も…だ、よ……」
「…っふぇ…、おおかみさ…しあわせ……っ」
こんなに感じるのも、貴方だから。さけびたいくらい、あなたを愛していた。僕の幸せは、貴方と一緒に……。
「だからっ、起きてよぅ……っうああぁ…」
愛しくて堪らない貴方に抱かれた、最初で最期の日。
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