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だって、手を出してこないから(三)

 驚いた。こんな大胆さと、欲望に対する強欲な気持ちがあったなんて。どうすべきか、耶雉は頭の中で月ノ輪語をぐるぐるとこねていた。けれどそれも束の間、再び唇が重なる。今度は是愛からだった。 「……ん」  先ほどのように触れるだけでなく、口唇を開かれて、まるで海の底を這う魚のごとく舌が撫でていく。あまりにも近くに感じる是愛の体温と吐息に、そのまま溺れてしまいそうだ。歓びの苦しさを覚えて、是愛の寝巻をぎゅっと握り締める。 「はぁ……んっ」  節の太い指が、後ろに倒れそうな耶雉の背中を、寝巻ごしに撫で支えた。下りた砂色の毛先が、さらさらと揺れる。 「はっ……は、ぁ」  何度も角度を変えて交わした唇を外すと、短い吐息が寝所に響く。是愛の手のひらが後頭部に添えられて、抱き締めるように胸部へ寄せた。荒い呼吸に上下する肌があまりにも愛おしい。 「……すまない。これ以上すると、もう止められそうにない」  息を整えながら言う是愛を、耶雉は見上げる。止められそうに『ない』? 「え……、あの」  さらりと、後頭部から頬に向かって指先が滑る。その心地よさよりも、今はなんと聞けばいいのか分からなくて、思わず口を金魚のようにぱくぱくと開く。 「どうした?」 「やめ、るんです……?」 「え?」  問いかけの応酬を繰り返していると、是愛は困ったように笑う。意外にもその瞳には、男としての欲が見え隠れした。 「君に、つらい思いをさせるのは私の望むところではないから」 「つらい、って……どうして」  金色の髪を繰り返し梳くように撫でるのは、彼なりに欲の行き場をごまかそうとしているからだ、と耶雉はなんとなく察する。 「……あの時、気を保てなかっただろう。だから」  初めて体を重ねた時のことだ。確かに一通りのことが終わり、是愛の熱そのもののような迸りを受け止めてからの意識は薄かった。……それで彼は、情を分け合うことが負担になると思っていたのか。 「やめる方が、僕には……つらい、です。是愛さま、僕の体が嫌だったのかと思っ……て?」  ぐらりと耶雉の視界が天井へ向けられる。その手前には、ほつれた前髪を数本、生え際から垂らした是愛の顔があった。心地の良い重みが体を覆う。

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