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1日目ー2

「イヤ、大したお願いじゃありません。毎年僕の田舎に家族で行くんですけど、今年はどうしても仕事のやりくりがつかないで、どうしようかと思ってたんですよ。で、先生お盆の辺り、予定が空いてるって聞いたものですから」 「え?」 「先生、僕たちの代わりに、智一を連れて行ってくれませんか?」 「は?」 「智一も、何もない田舎で毎年やることもなくて、最近では行きたがらないんですよ。でも先生がご一緒してくれれば、きっと行ってくれると思うんですよね」 「ちょっ」 「本当に何もないような田舎なんですけどね、先生ご出身新宿だって言ってたから、そういう田舎暮らしも面白いんじゃないかと思って」 「待っ」 「ほら先生、登山お好きでしょう?すごい良いコースがあるんですよ!僕の従兄弟が案内しますから!」 「いや」 「至る所でトレッキングですよ、先生!むしろ日常がトレッキングです!」 「だからっ」 「とっても綺麗な川もあるんですよ!みんなで飛び込んで遊ぶのは、そりゃあ楽しいですよ!」 「いやあのっ」  設楽の両親はものすごい笑顔を顔全体に貼り付けて、ものすごい迫力で大竹に迫ってくる。 「ね、先生!!」 「いや、えぇと……はぁ……」   その「はぁ」をどう取ったのか。 「良かった!じゃ、ほんの1週間ですから!」 「えっ!?俺まだ行くとは……って、1週間!?そんな長いんですか!?」 「やだなぁ、先生。信州とはいえ、すんごい山奥で、移動だけで一日潰れますから、一週間くらい居ないと何も出来ませんよ!?」 「うふふふ、先生が一緒だと思うと安心です~。じゃ、よろしくお願いしますね!!」 「いやあのちょっ……!!」  そういう訳で、今大竹はここに座っているのである。  あの2人はどういうつもりなんだろう……。全く俺達の関係を疑ってもいないからあんな風に自分の息子を俺に預けちまうんだろうけど、本当のことを知ったら絶対2人っきりで旅行になんか出しちゃダメだろうが!!!  何だろう。目から汗が……。  それでも何とか心の中を整理しようと、大竹は辺りをそっと伺ってみた。  「何もない田舎」と設楽の父親に紹介されたそこは、本当に「何もない田舎」だった。  いや、大竹にとっては「何もない」どころではない。  よしずの掛けられた縁側からは、信州の雄大な山々と、田んぼや畑、ゆったりと流れる川が見える。あの川は、30分も歩くと、飛び込みに適した淵に繋がるのだそうだ。  けば立った畳。古く煤けた欄間。そこだけ新しい薄型のテレビ。卓袱台の上には西瓜と、水滴の付いた麦茶のコップ。藍染めの座布団。縁側に座った子供達の、汗をかいた細いうなじ。蚊遣りのブタは白い煙を一筋たなびかせている。ジーワジーワと蝉の声が鼓膜を占領して、逆にまったく無音の世界に迷い込んだようだ。  ビルに囲まれた街の中で育った大竹にとっては、夢に描いたような「少年の夏休み」がここにある。  いや、あまりに完璧過ぎて、現実味が感じられない。まるで映画館で3Dのスクリーンを覗いているようだ。  心地良い風が家の中を吹き渡り、大竹がほっとして思わず溜息をこぼすと、設楽が笑顔で大竹に西瓜を手渡した。

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