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2日目・淵ー1

 さくさくと木々の間を抜けながら、淵までの道を歩いていく。本当に至るところがトレッキングコースだ。  低い川の流れと、チラチラと目を掠める木漏れ日と、雑草の強い匂い。  これで設楽の機嫌が良ければ最高なのに。  遠山と2人で布団を畳み、ざっと部屋を片付けて居間に戻ったときには、もう設楽の機嫌は最悪だった。さっきから設楽は1人でズカズカと先頭を歩き、その後ろを美智が小走りについていく。時々設楽は最後尾にいる大竹をぎっと睨むのだが、何でそこまで機嫌が悪いのか大竹にもさっぱり訳が分からなかった。  何だあいつ。勝手に先頭を歩いているのはテメェじゃねぇか。俺は子供達がいるから、最後尾をついてくって最初にちゃんと言ったよな?小学生だけじゃなくて、伯父さんの所の子供達まで預かってるんだ、大人が最後尾歩くのは当然だろう?そんなに睨むくらいに機嫌を悪くするんなら、設楽が歩調を緩めて一緒に後ろを歩けば良いんじゃないのか?  何となく、大竹の機嫌も悪くなって、隣からちょっかいをかけてくる遠山に返す返事もぶっきらぼうになっていく。 「なに?大竹くん、機嫌悪い?」  遠山の声に苛々する。もう、そのからかうような声に返事をするのすら面倒だった。  だが。  目の前の視界が開けた途端に、大竹の目にはっと生気が灯った。 「うわ、すげ……」 「だろ?」  ぽっかりと緑の空間の中に、深いエメラルドグリーンの水が現れた。3mの段差から、小さな滝が滑り落ち、反対側から細い川になって流れ出ていく。その天然のプールは縦横が10m強はあり、濃い水の色が深さを伺わせる。階段状に積み重なった岩を何段か飛び降りると、水面はすぐそこだ。淵の水は冷たく、だがすぐに飛び込みたくなるような、魅力的な光を放っていた。  子供達は早速、水着の上に着ていたTシャツや短パンを脱ぎ捨てて、淵に飛び込んだ。  設楽ももう水着になっていて、大竹の方を伺っている。すぐ隣で美智が恥ずかしそうにパーカーの裾を握りしめ、モジモジと設楽に何か話しかけた。その様子を、大竹は複雑な気持ちで見つめていた。  設楽がゲイだというのは本当なのだろう。元々山中のストーカーで、今は自分に発情するのだから。だがその前は女子と付き合っていたのだから、また女子と付き合う可能性もあるだろう。  こうして2人で並んでいる姿を見ていると、設楽と美智はよく似合っていた。  年回りも、背格好も丁度良い。甘いマスクで整った顔をした設楽と、そこいらのアイドルより可愛いくらいの美智が並んでいると、あぁ、設楽が一緒にいるべきは、俺みたいなクソジジィじゃなくてああいう子なんだろうなと、素直に思える。  今、設楽はまだ結ばれない俺との関係に夢中になっているが、あんな可愛い子と一緒にいれば、あいつの目は醒めてしまうのではないだろうか。やっぱり若くて可愛い子と付き合う方が良いと思い直すのではないだろうか。  その時、俺はどういう顔をしてやるべきなのか。大人らしく、教師らしく、最大公約数の幸せって奴をあいつに勧めて身を引くべきなのか。  そうだ。まだ間に合う。  今ならばまだ。  例えどんなにあいつとのキスが俺の体を突き抜けるほど昂揚させるとしても、俺はまだあいつの全てを俺のものにしてはいないのだから。  今ならまだ俺はあいつを送り出してやれるのではないか。  あいつの肌の熱さを知らない今ならば、まだ。  そう自分に言い聞かせながら、それでも心の中が大きな叫び声を上げている。  いいや、大丈夫なんかじゃない。  俺はもうあいつを手放すことなんか出来ないのだ、と。  こんな年になって、一回りも年下の男子生徒を相手に、自分はどうしてこんな気持ちになってしまうのだろうか。もうずっと恋なんてしてこなかった。自分の中に、こんな気持ちが残っているとは知らなかったのに。  頭がグラグラと沸いているように、正常な判断が出来ない。  どうすべきかを知っているのに、それを選ぶことが出来ない。  このどうしようもない激流が、恋か。

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