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2日目・淵ー2

 設楽が不機嫌な顔で、それでもチラチラと自分を見ているは分かっていたが、大竹は設楽を見返すことができなかった。  だって、設楽の隣には美智がいる。  美智は相変わらず設楽にまとわりつき、設楽が苛々しているのが見て取れた。それでも年下の従妹を無下に突き放さないのが設楽らしい。 「おい、どこから飛び込むんだ?」  2人の姿を意識から閉め出すように、大竹が水に入った子供達に声を掛けると、子供達は笑って大竹に水を掛けてきた。 「やりやがったな」  大竹がわざと大きな声で威嚇しながら水に入ると、子供達はキャーキャー喜んで更に水を掛けてきた。 「冷てぇ!」 「あはは、気持ち良いでしょ?」  淵の(へり)は水深も60cm位しかないようだが、少し離れた所にいる子は立ち泳ぎをしている。岩の積み重なった地形の淵は、水底の凹凸が激しいらしく、時々抉れるように深くなっているようだった。 「先生、あそこから飛ぶんだよ」  子供の1人が先程自分達が歩いていた道から少し下がった辺りの石舞台のように広がった場所を指さした。あの石舞台からでも、水面まで2m半はあるだろうか。 「あそこからか……。おい、着水ポイントの水深はどんだけあるんだ?」 「知んない。足つかないくらい深いよ?」 「ちっ、大雑把な……」  子供達の中でもちびっこいのがさっさと岩をよじ登っていく。まぁ、地元っ子が毎年飛び込んでいるのなら問題はないだろうが、渇水して水位が下がった年などは、誰かきちんと安全を把握しているのだろうか。 「ぃえ~い!一番乗り~!」  1人がザブンと飛び込むと、次々に子供達が飛び込んでくる。  大竹はざっと水を掻いて着水ポイントの少し手前まで泳ぐと、とぷんと頭を水の中に入れた。そのまま90°に体を入れ、ジャックナイフで直下潜降する。  水は澄んでいた。水底までは結構深い。3mは悠にある。いや、もっとか。  水底の岩は水に均らされてつるつるとし、川魚が悠々と泳いでいた。水底から上を見上げると、子供達の足が見えた。時々どぼりと大量の泡とともに飛び込んでくる。  水の中に漂っているのが、大竹は好きだった。水の中はどれだけ透明度が高くても、光の吸収で青色になる。その青色の世界が好きなのだ。  だが、淵の底は身を切られるほど水が冷たい。いつまでもそこに漂っているわけにはいかず、大竹は名残惜しい気持ちで底を蹴って水面に浮上した。苔のヌルリとした感触が、いつまでも足の裏に残るようだった。  水面に顔を出すと、「先生!?」と設楽が心配そうにこちらに向かって泳いできた。 「おう、どうした」 「どうしたじゃないよ!急にいなくなるから心配するだろう!?」 「あぁ、すまん。あの距離から飛び込むんだから、水深がどん位あんのか調べてきた。思ったより深いな。これならお前が飛び込んでも平気そうだ」  飛込競技用のプールは水深が5m以上あるが、それは10mの高さから飛び降りる為だ。あの高さなら、3mもあれば問題はないだろう。 「おい大竹!お前潜るなら一声かけろよ!急に見えなくなると心配するだろ!?」  遠山も少し焦ったようにこっちを見ている。さすがに少し申し訳なかったかと思うのだが、大竹は肩を竦めると、「彼女放っといて良いのかよ」と、美智と遠山にも聞こえるように言い放った。  言ってしまった後で、自分の台詞に胸が痛んだ。  こんな事が、言いたい訳じゃないのに……。

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