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2日目・淵ー3
「おい、あんたがそういうこと言うのかよ」
設楽がこめかみに筋を立てるが、大竹はそれを切なそうに見返した。
「……先生、そういう顔、反則だろ。気がついてないの?あんた、泣きそうな顔してる」
設楽が大竹の頬に手を添わそうとするのを、大竹は小さく首を振って止めた。
「戻ってやれ。あの2人が変に思う」
大竹が小さく促すと、設楽は一瞬2人を睨んだが、すぐに大人しく岸に戻った。
設楽はさすがに状況を理解している。その位には大人になった。
──── だがこれを大人というのなら、大人になどなるものではないと、大竹の気配を背中に感じながら、設楽は苦々しく思った。
「先生ー!先生も飛び込めよー!」
「あぁ?俺がか?」
突然の子供達の声に、思わず大竹がうるさそうに応えると、子供達はわいわいと囃し立てた。どうやら新入りの大竹を値踏みしているらしい。
「東京モンが飛び込めんのか!?」
「大人のくせに!!」
なるほど、どうやらここは度胸試しの「男場」のようだ。ここで怖じ気づくと、やいのやいのとからかわれるのだろう。
「お前らな!先生は大人なんだから、そんな事するかよ!」
設楽が慌てて声を荒げるが、それが余計に子供達を図に乗らせる。
「や~い!怖いんだろー!!」
「だせぇ!」
見れば遠山もニヤニヤとしているし、美智は口先だけは「やめなよー」と言っているが、この状況を楽しんでいるようだった。
大竹は無言で水から上がると、ひょいひょいと岩場を登っていった。
「先生!あいつらの言うことなんか気にしなくて良いから!それ、子供の遊びで、大人は普通飛び込んだりしないからね!?」
1人設楽だけが大竹を心配してくれている。
だが、大竹は人をからかうのは大好物だが、自分がからかわれるのは大嫌いなのだ。
第一今は、胸の中がモヤモヤして、どうにかしてこの胸の疼きを押さえ込みたい。あそこから飛び込めば、少しはスカッとするのではないか。
岩舞台の上から見ると、水面は随分と小さく見える。ちょっと弾みを付けると、反対側の岩場に激突してしまいそうな錯覚に陥るので、高所からの飛び込みは高さだけではなく、距離感との戦いでもあるのだ。
しかし、大竹はひょいと岩の縁に立つと、躊躇いもせずに両手の指先を岩の縁に軽く当て、子供達が「あっ!」と叫ぶまもなくそのまま腕と脚で岩を蹴り出し、頭から淵の中に吸い込まれるように飛び込んだ。
「せ…先生…っ!!」
焦ったのは下で見ていた連中の方だった。まさか東京から昨日来たばかりの大人が、何の躊躇いもなく飛び込むとは思わなかった。しかも、足からダイブするのではなく、頭から。その場にいる誰も、さすがに怖くて頭から飛び込もうとしたことはない。
水の中に消えていった大竹は、暫くするとゆったりと水面から顔を出した。
「これで良いのか?」
「せ…先生……?」
設楽までびびっている。なんて顔だ、ザマァねぇな。
「大丈夫……?」
「あ?何で?別に大丈夫だぞ?俺、昔よくジャンプ台から飛び込まされてたから」
「は?ジャンプ台?」
「前言ったろ?俺ガキの頃から水泳やってるって。うちのクラブ、競技用の飛び込み台があって、高校ん時選手足りねぇからって誘われてさ」
競技用の飛び込み台は、5m、7.5m、10mの三段階の高さがある。400mメドレーの選手だった大竹は、それでも一年間だけ飛込競技の練習に付き合ったのだ。さすがに今でも10mは尻込みするが、5m位ならもう怖いとも思わない。
「マジで!?」
「すげぇ!先生すげぇ!」
子供達は興奮して喜んでいる。
実は下手に走り込んで足を開いたまま飛び込むより、グラブ型で頭から飛び込む方が、事故は少ないのだ。そのくせ見ている人間の中に「頭から飛び込む方が怖い」という意識があるために、与えるインパクトはでかい。
遠山は、呆れたように肩を竦めた。
「お前な……そういうのを見せつけんなよ。選手なら選手だって先に言えっての」
「ちょろっと囓っただけで選手じゃねぇよ。お前らこそ不慣れな東京モンをびびらせてからかおうとしてたくせに」
そのまま大竹はすぅっと前を向いたまま後ろに水をかいて、遠山達から離れていった。
「あ、待てよ大竹!」
「じゃ、俺はガキ共と交流を深めてくっから」
そのまままたふっと体が水の中に沈んだかと思うと、大竹は水飛沫ひとつ立てずにすーっと子供達の方に泳いで行った。
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